いつか、君に会える日まで[1]
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我が目を疑うとは、まさにこのことである。

「……すみません、」

なんとも情けない苦笑を浮かべた弁財の謝罪に、ナマエは黙り込んだ。
宜なるかな。
ナマエの視線は、ある一点に釘付けだった。
正確には、一人の人物に、である。
外見から推察するに、その人物は十歳前後だろうか。
外側に跳ねた黒緑の髪と、褐色の混じった切れ長の瞳。
少年は、弁財の片腕に抱えられていた。
生憎ナマエは、弁財が子持ちだと聞いたことはない。
そもそも、どこをどう見ても似てはいない。
さて、では一体どこの誰を弁財は抱えているのか。
見覚えがないとは、言えそうになかった。

「………秋山?」

出来ることならば否定してほしいと思いながら口にした答えは、ナマエの願いも虚しく弁財の首の動きによって肯定される。
自らが呼ばれたことに気付いたのか、小さな秋山氷杜少年が、ナマエの方をじっと見つめた。
怯えた表情の中に、警戒心と僅かな好奇心とが透けている。

「なんでそうなった?」
「……話せば長くなるのですが、」

だからといって説明しないわけにもいかないことを十分に理解している弁財は、近くにあった椅子に秋山を座らせてからナマエに向き直った。

「今日、俺と秋山とでストレインに面会しに行ってたんです。あの、年齢操作の少年です」

セプター4の職務の一つに、戸籍課に登録されたストレインを定期的に訪問する、というものがある。
特異能力に以前と変わった点はないか、心身共に健康であるか、社会生活に支障はないか、といったことを確認するためだ。
基本的に面会は一般隊員のルーティン業務の一つであるのだが、中には例外も存在する。
例えば対象のストレインが有する異能が危険である場合や、年齢的に幼い場合などがそれにあたる。
役所仕事として杓子定規な対応をせず、融通を利かせろ、というのは宗像の方針だ。
九歳という相手の年齢を考慮し、弁財は、突然知らない大人が訪ねるよりも顔を合わせたことのある己や秋山の方が適任だと考えたのだろう。

「その後の生活に問題はなさそうで、安心したのですが。……その、異能抑制のブレスレットを外して具合を調べていた際に、少々、アクシデントが、」

珍しくも歯切れの悪い説明から状況を理解し、ナマエは頭を抱えたくなった。

「突然インターホンが鳴って、驚いた少年が咄嗟に秋山にしがみつき、異能が、」
「うん、皆まで言わないで」

ナマエは弁財を手で制し、深々と溜息を吐き出す。
不覚にもナマエ自身が過去同じように彼の異能の影響を受けているため口には出来ないが、そうでなければ間抜けにも程があると零しただろう。
秋山自身のものであろう大きなワイシャツ一枚を着てちょこんと座る九歳の少年を見遣り、ナマエは指の関節を蟀谷に押し当てた。
幸いにしてこの能力は、半日から一日で効果が切れると判明している。
異能を受けた当人の脳や身体に影響が残らないことも、ナマエ自身が証明済みだ。
つまり、この状況における最適解は放っておくこと、それに尽きるだろう。
ナマエは脳内で素早く、本日秋山と弁財が担当するはずだった仕事を他の隊員たちに割り振る算段を立て、それが済むなり最も厄介な仕事を弁財に押し付けた。

「じゃあ、後はよろしく。より親睦を深めるいい機会だと思って」
「ーー は?」

ぽかんと口を開けた弁財を尻目に、ナマエは椅子から立ち上がる。

「秋山が元に戻るまで、非番扱いにしとくから」

そのままひらりと後ろ手を振って、休憩室を後にした。

そうして、ナマエはこの七面倒な事態に巻き込まれることを見事回避したかのように思われたのだが、生憎とそうは問屋が卸さない。
ナマエは一時間と経たないうちに、再びこの問題と直面することになった。

「ーー は?いない?」

秋山の代わりに情報処理室で稟議書を作成していた、午後二時半。
タンマツが鳴り、そこに表示された名前を見た時点で嫌な予感はしていたのだ。
いくら面倒ごとを押し付けられたと言っても、弁財はそれに対して後から文句をつけてくるような男ではない。
つまり、何らかの問題が発生したことは明らかだった。
だがその問題は、ナマエの予想を上回っていたのだ。

『申し訳ありません。少し目を離した隙に、どこかに行ってしまって』

言葉通り心底申し訳なさそうな声音で報告され、ナマエは指先で目頭を揉んだ。
曰く、秋山少年に飲み物を用意するべく食堂に行き、ジュースを調達して部屋に戻ったら姿がなくなっていたという。

『言うことをよく聞く大人しい奴だったので大丈夫かと思って油断しました。寮内は隈なく探したのですが、どこにも見当たらず、』

弁財らしくないと言えばらしくない失態だが、今それを責めても詮なきこと。
それよりも、早急に秋山を見つけ出さなくてはならない。

「意外とやんちゃ坊主ってわけだ。タンマツは?」
『部屋に』

つまり、秋山の居場所を示すものは何もないというわけだ。
ナマエは自分以外誰もいない情報処理室を見渡し、パソコンの電源を落とした。

「手分けしよう。私は屯所の敷地内を探してみるから、弁財は外をお願い」
『了解しました』

手短な返答を最後に、通話が切れる。
ナマエはタンマツを制服の内側に仕舞ってから立ち上がった。
探してみるとは言ったものの、果たしてどこをどう探せばいいのやら。
今の記憶を持たない秋山が、まさかナマエの部屋を訪ねるはずもないだろう。
二十六歳の秋山については熟知していると言っても過言ではなく、思い当たる節などいくらでもあるが、生憎九歳の秋山については何も知らない。
ナマエも秋山も己の過去について昔話をするようなタイプではないので、互いの幼少期の話など殆どしたことがなかった。
そのせいで手掛かりは皆無である。
幼い秋山の身体に発信器を付けておけば良かったと後悔しても今更手遅れだった。
先入観というのはこれだから厄介だ。
ナマエも弁財も、今現在の秋山氷杜という男が持つ優等生のイメージに騙されたというわけだった。

「意外と好奇心旺盛ってか」

屯所の廊下を当てもなく足早に進みながら、ナマエは独り言ちる。
状況はそこそこ切迫しているのだが、実のところナマエはさほど焦燥を感じてはいなかった。
正直、嗅覚には自信があるのだ。
昔からかくれんぼは得意だった。
ちなみにこの場合の嗅覚とは文字通りの意味であり、比喩的な意味でもある。
果たして十五分後、ナマエは全く以て闇雲な捜索の末に秋山を発見した。



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