Wanna Be Your Hope [1]
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もっとずっと早くに、貴女に会いたかった。
永遠がないことを知り、孤独を知り、強かに生きざるを得なかった幼い貴女に。
出来ることがたとえ砂粒ほどの僅かなことだとしても、ただ寄り添って抱き締めたかったのだ。
庇護されることを忘れ独りで立つことを覚えてしまった貴女の傍に、もっと早くに、辿り着きたかった。



「ここ、いいですか?」

昼休憩で食堂に足を運んだ秋山は、隊員たちで賑わうその中から恋人の姿を目敏く見つけ、食事の乗ったトレイを持って近寄った。
豚の生姜焼きを丁度口元に運ぼうとしていたナマエが、中途半端な位置で箸を止め、秋山を見上げる。

「どーぞ」
「すみません」

タイミング悪く声を掛けてしまったことを詫びながら、秋山はテーブルにトレイを置いてナマエの左隣の椅子を引いた。
ようやく生姜焼きを口に放り込んだナマエが、もぐもぐと小さく顎を動かす。
秋山は軽く手を合わせてからフォークを取り、本日のBランチであるハンバーグを一口サイズに切り分けた。

「……ミョウジさん?」

しばらく互いに無言で食事を進めていたが、ふと秋山は、何となく違和感を覚えて視線を隣に向ける。

「ん?」
「何か考え事ですか?」

どこか上の空というか、悩んでいる様子がナマエから感じ取れた。

「ん、ああ、ちょっとね」

そして秋山の直感は、どうやら正しかったらしい。
どうかしたのかと首を捻った秋山に向け、ナマエは小さく苦笑した。

「別に大したことじゃないんだけどね。母の日、どうしようかと思って」
「……ああ、母の日。来週でしたっけ」
「そ。今年は何贈ろうかなあってね」

ナマエの口から飛び出した意外な単語に、秋山は少しばかり驚く。
しかしよくよく考えてみれば、何もおかしなことではなかった。
秋山は以前、ナマエが父親の誕生日には毎年プレゼントを贈っていることも聞いている。
淡白な性格とは裏腹に、ナマエはこういった家族のイベントを大切にする人だった。

「毎年贈ってるんですか?」
「一応。でも普段あんまり連絡取らないからさ、何が欲しいのかいっつも分かんないんだよねえ」

ナマエの言う母親とはつまり、血の繋がった実母ではなく、父親の再婚相手である継母のことだろう。
彼女が戸籍上の家族になったのは、ナマエが高校生の頃だと聞いていた。

「秋山は?毎年何かしてるの?」
「……いえ、俺は特に何も。極力その辺りで電話をするようにはしてますが、」

相手は実の母親だというのに薄情な話だと、秋山は己の不甲斐なさに身を縮める。
決して仲が悪いわけでも疎遠なわけでもないのだが、気恥ずかしさが勝り、大人になってから母の日や父の日にプレゼントを用意したことはなかった。
正直、日々の仕事に忙殺されて忘れてしまっていることも多い。

「まあ、そんなもんだよね。私も、わざわざ用意する必要もないかと毎年思うんだけどさ。なんていうの?うん、やっぱりちょっと気ぃ遣うよね」

そう言って苦笑したナマエの横顔を、秋山はじっと見つめた。
それは、相手が血の繋がらない継母だからだろうか。
実の両親が揃って健在の秋山に、その感覚を真に理解することは出来なかった。

「……去年は何を?」
「マッサージクッション」
「なるほど。……悩みますね」

相談に乗る雰囲気を出してはみたものの、秋山には、母親にカテゴライズされる女性が何を欲しがるのか皆目検討もつかない。

「でしょ?参ったなあ」

基本的に何事に対しても決断の早いナマエが珍しくも思い悩む姿に、秋山も揃って頭を捻った。
ナマエが制服の内側からタンマツを取り出して、手早く操作する。
恐らくはネットで母の日に相応しいプレゼントの候補を検索しているのだろう。

「カーネーション、お菓子、家電………家電?何が足りないかなんて知らないしなあ」

画面をスクロールさせながら独り言を零すナマエの隣で、秋山はソースの掛かったハンバーグを口に運んだ。

「旅行券……カタログギフト………んーー、旅行ねえ、行くのかな。毎年思うんだけどさ、いっそ捜査対象にしちゃって一度徹底的に調べた方が趣味嗜好が分かっていいかもね」

潔い職権濫用の提案に、秋山は苦笑を零す。
だがきっとそのくらい、ナマエは継母のことをあまり知らないのだろう。
ナマエが高校生の頃に二人が再婚したということはつまり、ナマエが家を出るまでのほんの数年、長くても三年、短ければ一年しか一緒に暮らしたことがないということだ。
その年齢にもなれば、血の繋がらない母と娘がそう積極的に関わりを持ったとも考えにくい。
高校卒業後は言わずもがな、国防軍に入隊したナマエはさほど実家に顔を出す機会もなかっただろう。
それはセプター4に転職してからも恐らく変わっていないはずで、秋山が知る限り、ナマエが横浜にある実家に帰ったという話は聞いたことがない。
流石に全く顔を見せていないわけではないのだろうが、隣接した県という距離のわりに、その頻度は低いように思えた。

「今年は無難にカーネーションでいいかなあ。三年前にも贈ったけど、まあきっと忘れてるよね」

左手に持ったタンマツを眺めながら、ナマエが豚肉を頬張る。
投げやりな口調とは裏腹に、ナマエはその後もしばらくタンマツを操作してプレゼントの内容を検討し続けている様子だった。
秋山は当然ナマエと継母の仲を知らないので、正確なことは分からない。
だが漠然と、きっとナマエの母親は娘からのプレゼントを喜ぶのだろうと思った。
否、そう思いたかったのかもしれない。
秋山も一度偶然顔を合わせたナマエの継兄がそうであったように、彼女の継母にも、ナマエを実の家族のように愛していてほしいと、そんな身勝手なことを願った。

「あ、これ美味しそう」

そんな秋山の思考を遮ったナマエの独り言に、秋山は思わずナマエのタンマツを覗き込む。
何かプレゼントに相応しい菓子でも見つけたのだろうかという秋山の想像を裏切り、画面に表示されているのはどう見てもオムライスの写真だった。

「……ミョウジさん?」

まさか、母の日のプレゼントにオムライスを贈ったりはするまい。

「チーズオニオンスープオムライスだって」
「……はあ、」

耳馴染みのない名称に、秋山は曖昧な相槌を打った。
どうやらナマエはタンマツでプレゼントを検索しているうちに、気儘なネットサーフィンを経てオムライスのレシピに行き着いたらしい。

「……今夜作りましょうか?」

プレゼントについては、本人がもういいと納得したのであれば口を出す気は毛頭ない。
それよりも今の秋山にとって重要なことは、ナマエの興味を一身に集めたその新種のオムライスだった。
チーズオニオンスープオムライス。
妙に洒落た響きだが、ちらりと盗み見たレシピを参考にする限り、仕上がりの善し悪しを一旦置いておくならば作れないことはないだろう。
仕事の進捗状況を脳内で素早く確認してから夕食にと提案すれば、タンマツから顔を上げたナマエが秋山の方を向いて嬉しそうに笑った。

「うん、食べたい」

不意打ちの笑顔と幼子のような返答に、秋山の胸は大きく高鳴る。
今日は絶対に残業してなるものかと、秋山は心に固く誓った。

そんな和やかな昼食は、不意に響き渡ったサイレンの音で中断される。

"緊急出動、緊急出動"

最近その頻度こそ減ったものの、嫌と言うほど聞き慣れたアナウンス。

"錦布町方面にて未確認の蓋然性偏差を感知。特務隊は至急情報処理室へ。繰り返す、……"

ナマエは短く嘆息するとタンマツを制服の胸元に仕舞い、椀に残っていた味噌汁を一気飲みしてから立ち上がった。
秋山も、ハンバーグの最後の一切れを口に詰め込みながら腰を上げる。
そのまま、二人揃って食堂から飛び出した。


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