君に望む答えはひとつ[1]
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「あの!ご一緒してもいいですか?」

食堂に足を踏み入れた途端鼓膜を叩いた音に、ナマエはまたかと苦笑した。
声の主を視線で探せば案の定、この四月からセプター4に入隊し経理課に配属された女性である。
先月に都内の大学を卒業したばかりの、二十二歳。
茶色に染められた髪が肩の辺りでふわふわと揺れる様子が可愛らしいと、彼女の入隊直後、ほぼ男所帯の特務隊内ーー主に元剣四組の中ーーではそんな話題で盛り上がった。
結構なことである。
その愛らしい彼女は今、手作りの弁当らしき包みを持って食事の相席を持ちかけていた。
視線の先には、すでに椅子に腰掛けて昼食を食べていたところに声を掛けられたのであろう、完全に困り顔の秋山がいる。
彼女の入隊から約一ヶ月、特務隊内における評判がふわふわと揺れる髪が可愛い経理課の女の子から、秋山狙いの命知らず、に変わるのにそう長い時間はかからなかった。


「隣、座るよ」

ナマエは本日のAランチであるとんかつ定食をカウンターで受け取ると、同じくとんかつを口いっぱいに頬張っている日高の隣りに腰掛けた。
反射的にお疲れ様ですと言いかけたらしい日高が、口を押さえてぺこりと頭を下げてくる。
ナマエは早速、味噌汁の椀に手を伸ばした。
今日の具材は豆腐とわかめだ。

「いいんですか?あれ」

ようやく口の中身を嚥下したらしい日高が、ナマエの顔を覗き込んだ。

「どれ」

質問の意図は分かっていたが、空腹に耐え兼ねたナマエはとりあえずとんかつを口に運ぶ時間を稼ごうと、意味のない問いで返す。

「秋山さんっすよ。あの子、今日も来てますよ。毎日凄いっすね」

そう言って、日高が三つ離れたテーブルに視線をやった。
同じく目を向ければ、何やら勢い込んで話し掛ける彼女とすっかり対応に窮した様子の秋山が向かい合って食事を摂っている。
どうやら断りきれなかったらしい。
それは日高の言う通り、ここ最近見慣れた光景だった。

「ナマエさんと付き合ってること、知らないんですかね?」
「そりゃ知らないでしょ」

ナマエと秋山の交際は、特務隊内では誰もが知る事実だが、それ以外の部署にまで知れ渡るほどではない。
撃剣機動課の中ではそのような噂が流れているそうだが、普段そう関わりのない経理課ともなれば、二人の交際を知る者はいないだろう。

「秋山さんもなあ、断ればいいのに」

日高が、とんかつを突きながら呟いた。
そこに気遣いの気配を感じ取って、ナマエは苦笑する。

「ありゃしょーがない。女慣れしてないからねえ」

秋山は、フェミニストと呼べるほど女性を尊ぶわけではなかった。
だが、部下や女子供といった自らよりも弱い者に対する優しさは充分に持ち合わせている。
それと同時に、職場で面倒事は起こしたくないという社会人としての意識も強い。
結果、好意を寄せて来る女性が同じ組織に所属する人間である以上、無下には出来ないのだ。
秋山が女の扱い方を心得ていれば、もう少し上手く立ち回れたのかもしれない。
だがどうやら秋山は、その手のことについてあまり得手ではないようだった。
これは以前本人から聞いた話であるが、学生時代から、あまり積極的に女性と関わるタイプではなかったらしい。
それよりも、一人で鍛錬に励んだり男友達と遊ぶ方が気楽だったそうだ。
過去、告白されて付き合ったことは二度あるが、それ以外ではあまり女性とは接してこなかったと言っていた。
つまり、圧倒的に経験値が不足しているのだ。
それが故に今、秋山は彼女の猛烈なアタックに困り果てているというわけである。

「助けてあげないんですか?」
「やだよ。あんなとこじゃゆっくり食事も出来ない」

小さな弁当箱の中身を秋山に見せて何やら話している彼女から視線を外し、ナマエは白米を口に放り込んだ。

「気にならないんですか?」

日高が、心底不思議そうに問いかけてくる。
それは恐らく、自分の恋人が他の女にちょっかいを出されて嫉妬しないのか、という意味だろう。

「全く」

ナマエは簡潔に答え、味噌汁を啜った。

「不安になったりとか」
「ないね」
「……そういうもんっすか」

日高の恋愛観からすると、ナマエの回答は納得のいかないものだったらしい。
それは若さなのか、性格なのか。
後者だろうなとナマエは苦笑した。

「傲慢だと思う?」
「え?いや、別にそういうことじゃないんですけど。……なんて言うか、余裕、ですね」

日高の選んだ単語を、ナマエは脳内でじっくりと転がす。
余裕。傲慢よりかは響きがましだと思った。
普通ならこういう時、どのような感情が芽生えるものなのだろうか。
恋人に近付く女に娼嫉するのか、恋人が奪われるかもしれないと焦慮に身を焼くのか、それとも他の女と仲良くするなと恋人に対して憤るのか。
残念なことにナマエの胸にそのような負の感情は生まれなかった。

「それより日高、合コンはどうなったのさ」

これ以上不毛なやり取りを続けるのは不本意で、ナマエは話題を変える。

「あ!そうだ、聞いて下さいよ!」

あからさまな話の逸らし方だったが、日高にとってこの話題は切実だったらしい。
米粒を飛ばす勢いで急に声が大きくなった。
それに気付いたのか、秋山の視線が向けられるのを感じるが、今はそれよりも日高だ。
何を隠そう、日高が先日参加した合コンは、ナマエがセッティングしたものなのだから。
まだjungleが大暴れしていた頃、忙殺されて使い物にならなくなった日高を奮起させるべく冗談半分に交わした約束だったが、約束は約束だとナマエはそれを履行したのだ。
制限時間内に書類を提出した褒美として、約束通り、東東京総合病院の美人看護師たちがその相手である。

「みんな可愛かったでしょ?」
「可愛かったです!めっちゃ!」
「で?」
「……………」
「あっそ」

無言の首尾報告から結末を察し、ナマエは慰め半分呆れ半分で項垂れる男の肩を叩いた。
百九十に届かんばかりの身長、鍛えられた身体、顔立ちも悪くない。
ついでに職業は公務員、しかもセプター4の隊員である。
セプター4には勿論守秘義務の発生する事案が多く存在するが、自らの職業自体を内密にしなければならないという決まりはなかった。
つまり、異能対策組織に所属していて、その関連事件の解決及び異能保持者の管理に日夜奔走している、ということは明かしても良いのだ。
以前ならば眉唾物と笑われるか、もしくは青服と唾棄されたかもしれないが、今ならば、他人の興味を引く絶好の話題と言っても過言ではなかった。
なにせ、全ての人類が一度異能保持者となった後である。
ネットでは各クランについての考察が飛び交い、巷では六色占いなどというものも流行っているのだ。
その根源たる特異能力に最も関与しているセプター4の隊員は、その肩書きだけで充分に興味深いとされる対象だった。
そういうおまけもセットになって、日高は決して悪くない物件だとは思うのだが、今回は縁がなかったらしい。

「……女の人って難しいっすね、」
「そう?」
「秋山さんじゃないですけど、俺もあんま、女の人と関わったことなくて。俺が良く知ってるのって、ナマエさんと副長くらいなんですよ」

一般女性の平均からはかけ離れた名前を二つ挙げられ、その本人であるナマエは苦笑した。
ナマエを基準に考えて世の女性と付き合うのは恐らく無理がある。
淡島も、プライベートとなれば少しは緩和されるが、やはり一般的な感覚の持ち主でないことは確かだった。

「なんだかなあ……、どう喋っていいのか分かんないもんすね」

日高は男子校出身である。
恋愛に対しては憧憬や理想が先行し、現実的な価値観がまだ形成されていないのかもしれない。
改めて考えてみたナマエは、特務隊には女性の扱いに長けた人材があまりいないことに気が付いた。
恐らく、問題がないのは道明寺と弁財くらいだ。
後は、仕事であれば平然と接することが出来るが、一歩その外に出てしまうと奥手な男ばかりである。
いつまでも男子校のノリで連んでばかりいないで少しは女遊びでもして来いと、ナマエは頭の中で同僚たちに喝を入れた。



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