戯言と睦言、そして秘め事[2]
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「それにしても、気になるなあ。秋山君、やったっけ?あんたほどの女性を落とすなんて、強者やな」

ナマエに促されて自分のグラスにも酒を注いだ草薙が、今度は純粋な興味を示してくる。
ナマエがやんわりと笑って沈黙を選ぶと、代わりに淡島が口を開いた。

「優秀な男よ。それに、少なくとも貴方よりは勤勉だわ」

先程の仕返しをナマエにしたいのか、それとも部下を自慢したいのか、はたまた草薙を非難したいのか。
何にせよ、ナマエにとってはそう長引かせたい話題ではないのだが、当然草薙は食い付いた。

「なんや、酷い言われようやな。そないにええ男なん?」

さてどうしたものかと、ナマエはグラスを傾ける。
先の言葉通り惚気ても支障はないのだが、それにはまだアルコールが足りていなかった。

「どうかしら。でも、頼りになるのは事実ね」

今夜は珍しく、淡島が随分と褒める。
どうやらナマエの知らない間に何かあったらしい。
少しばかり、興味が出た。

「珍しいですね、世理ちゃんがそんなに褒めるなんて」

だから、素直に聞いてみることにした。

「そうね、貴女はいなかったのよね」
「先月ですか?」
「石盤が解放された時よ」

一口、濁ったカクテルを飲んでから、淡島が語り始める。

「室長がjungleの本拠地に向かう姿をモニターで確認して、でも私たちは政府から待機命令を出されていたから動けなかった。だから私はセプター4を辞めると宣言して、後の指揮を秋山に任せたの」

なんとも淡島らしい行動に、ナマエは話の途中で苦笑した。
意外ではない。
むしろ、それでこそ淡島だと思った。

「そしたら秋山が、これよりjungleの本拠地に赴き、事態の鎮静を図る、って言い出して」

過去を振り返りながら、淡島が柔らかく口元を緩める。

「民間人の保護を最優先にするように、なんてみんなに命令したのよ」

ああ、その姿が目に浮かぶようだと思った。
民間人とは即ち、文字通りこの国に暮らす無辜の民のことであり、その時点でセプター4を辞職していた淡島のことでもあり、室長職を罷免されていた宗像のことでもある。
守るべきもの全てを守って戦うと、秋山は宣言したのだ。

「あんな秋山は初めて見たわ」

淡島の言う見知った秋山とはつまり、命令に忠順で堅実な性格のことだろう。
確かにそれは、セプター4の誰しもが認める秋山の美点だ。
だがそれだけではないことを知っている人間は、果たしてどれほどいただろうか。
弁財辺りは、予想通りの展開を笑ったに違いない。
ナマエは、その場に居合わせなかったことを少し残念に思った。

「貴女が前に言っていた、秋山は強くなったっていう表現は、そういうことだったのね」

勿論、剣戟の腕も充分に認めている。
宗像を除けば、セプター4で一位二位を争う強さだろう。
だがそれ以上にナマエは、秋山の精神的な面を評価していた。
軍で培われた生存への圧倒的な執着と不撓不屈の精神力、それらに相応な自信が加わって、秋山は飛躍的に成長したと言えるだろう。

「命令違反で罰せられなくて安心したわ」

淡島の言葉に、ナマエは胸臆でだけ「当然だ」と返した。
何のために、ナマエが愛想を振り撒いて根回しに奔走したと思っている。
隊員たちを社会的な意味で守ることに関して、ナマエは自らに一切の妥協を許さなかった。
その結果、形式上は政府の待機命令を無視したことになっているセプター4はその罪を問われることなく、むしろ感謝されるに至ったわけだ。

「貴女にも見せてあげたかったわよ」
「格好良いのは知ってますから今更必要ありませんって」

素直に見たかったと同意するのは癪で、ナマエは敢えて浮かれた回答を選ぶ。
案の定、淡島がぽかんと口を開けた。
草薙がちらりと淡島の顔を見遣る。
無防備だと思ったが、指摘はしなかった。

「……貴女、もう結婚したら?」
「………なんでそうなりました?」

随分と飛躍した話題に、ナマエは首を傾げる。
そういえば以前も、バーで飲んでいた際に結婚というワードを聞かされた気がした。

「なんです?世理ちゃん、結婚願望強いんですか?」
「やだ、そういうことじゃないわよ」

否定する声音に若干の焦りを感じ取り、ナマエはこっそりと笑う。
流石に、目の前にいい男がいるんじゃないですか、とは言わなかった。
カウンターの内側で苦笑する草薙を見て、ナマエは二人が本当に何でもない関係性だということを理解する。
だが、この先はそうでもないのだろうと思った。
石盤は破壊され、この世から王はいなくなったのだ。
未だそれぞれの集団は存在するが、それも王のクランズマンが集う場所ではなく、あくまで以前の帰属意識や職務としての責任を引き継いでいるだけに過ぎない。
いずれ、クランという概念も風化していくだろう。
一人の公務員と、バーHOMRAのマスター。
何も特別ではない女と男になった時、その関係性に名前が付くかもしれなかった。
その時に、今回の仕返しをすればいい。

「今は貴女の話をしてるのよ。セプター4は職場結婚も認めてるわよ?」

聞いてもいないことを教えられ、ナマエは苦笑した。
ちなみに、そのようなことは言われずとも知っている。
だからといってどうという話ではないのだが。

「もう結構長く付き合ってるでしょう?」
「そうですねえ」

来月で、丸二年になる。
昨年は憶えていなかった記念日を、約束通り、今年は憶えていた。
状況が許せば、何かしてあげたいとも思っている。
特にここ半年程は仕事にかまけてばかりで、恋人らしいことはあまりしてあげられなかった。
秋山はそれに対して文句を言うような男ではないが、だからこそ何かお詫びと埋め合わせをしたいと思える。

「まあ、もう少し落ち着いたら考えますよ」

淡島の妙な熱意に押され、ナマエはそう言い逃れた。
これもまた、虚言ではない。
ようやく健全な生活が戻って来たとはいえ、未だ残務処理は山積みだった。
マスコミは事件を過去のものとして追及しているが、公的機関は大小の事後処理に追われている。
ナマエも、しばらくは仕事に集中するべきだろう。
日常への復帰に誰もが勤しむ、という奇妙に演技がかった日々を、世界は今、懸命に消化している真っ最中だった。



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