甘い永遠を願った[9]
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先刻とは、立場が逆転してしまった。

「大丈夫?」

壮絶な快楽の後に襲い掛かってくる脱力感でベッドに沈み込む秋山の髪を、ナマエの手が労わるように撫でる。
秋山はシーツに顔を埋めたまま頷いた。
脱力感もさることながら、羞恥心が大きすぎて顔を上げられない。
そんな秋山の心情を察しているのか、ナマエはくすりと笑い、秋山の肩や二の腕に羽根のような柔らかさで口付けを繰り返した。
恥ずかしくて堪らないが、同時に、胸の奥が熱くなる。
愛されている証だと思った。
秋山にだけ、そう、ナマエは他の誰でもなく秋山にだけそれをくれる。
狂いそうなほどの快感も、優しい温もりも、全て秋山だけに差し出された。
その尊い幸福を、秋山は静かに噛み締める。

「秋山、そろそろちゅーしたい」

秋山の羞恥心を理解したナマエが、顔を上げるきっかけをくれた。
秋山はそれに甘え、ゆっくりと上体を起こす。
てっきり、揶揄うような笑みを浮かべているのだろうと思っていた。
しかし秋山の予想に反して、ベッドに頬杖をついたナマエは愛おしげに秋山を見つめている。
その表情に胸をきゅんと締め付けられ、秋山は引き寄せられるように唇を重ねた。
愛しさに、全身の細胞が湧き立つ。
ちゅ、ちゅ、と音を立てて甘い口付けを繰り返しているうちに、自然と互いの唇から笑い声が零れた。
視線を絡め、笑いながら、それでもキスはやめない。
次第に何をしているのか分からなくなってきて、ついに限界を訴えるようにナマエが身体を捩った。
逃げようとするナマエの腰を丁寧に抱いてその下に自らの身体を滑り込ませ、ナマエの身体を上に乗せる。

「痛くないですか?」
「へーき」

くすくすと楽しげに笑うナマエの大切な重みを感じながら、秋山は緩やかに回した腕でその身体を抱き締めた。
触れ合う素肌の気持ち良さに目を細める。
同時に触れる包帯の感触に、ナマエの怪我が早く治るよう祈った。
行為に及んだ秋山が言うのもおかしな話ではあるが、出来ることならば明日以降、少しは安静にしていてほしい。
確かにセプター4は事件後も多忙を極めているが、今日で二週間が経ち、一刻を争うような至急の案件は粗方片付いた。
やるべきことはまだ山積みだが、どれも長期スパンでの仕事ばかりである。
ナマエが療養を優先したって誰も文句は言わないはずだった。
むしろ、皆それを推奨するだろう。
ナマエに休みを取るよう宗像に言ってもらおうかと考えたところで、秋山は不意に、二週間前のことを思い出した。

「……ナマエさん、」

秋山の上で寝そべるナマエに、声を掛ける。

「ん?」
「……室長のこと、なんですが、」
「ーー へ?」

まさか秋山がベッドの上で宗像の名を出すとは思わなかったのだろう。
意表を突かれたような声に、苦笑が漏れる。
秋山とて、積極的に話題にしたい対象ではなかった。
しかし一つだけ、聞いておかなければならないことがある。

「石盤が破壊された時、俺は読戸にいました。その時、室長に言われたんです。私の負けです、と」
「うん。室長に聞いたよ」
「その後室長は、俺に嫌な思いをさせたと、謝ってくれて。俺にはその意図が全く分からなくて、そうしたら室長が、続きは貴女に聞け、と」

あの日交わした会話を掻い摘んで説明すれば、ナマエが最後に目を瞬かせた。
恐らく最後のバトンタッチは、知らなかったのだろう。
ナマエは苦笑し、秋山の胸元に頬を寄せた。

「……もし、話したくないことであれば、無理にとは、」
「んーん、そうじゃない」
「そう、ですか?」

ナマエが躊躇ったように見えて秋山は逃げ道を用意したが、その必要はないらしい。
しばらく黙って待っていれば、ナマエが同じ体勢のまま話し始めた。

「室長はね、君に嫌われたかったんだよ」
「……はい?」
「君に、恋人を奪った憎むべき恋敵だって、認識されたかったの」
「それは、どうして、」
「特務隊の筆頭は、秋山でしょ。その君が室長への信頼を捨てたら、特務隊の中に室長への不信感が芽生える。室長はそれを狙ってたの」

秋山の思考が、目紛しく回転する。
導き出された答えは一つだった。

「……あそこに、一人で行くために、ですか?」
「そういうこと。君たちを、というか部下全員を、巻き込みたくなかったんだってさ」

想像していなかった宗像の真意に、秋山は言葉を失くす。

「馬鹿だよね」
「……え?」
「君がさ、大義を見失うはずなんてないのに」

確かに秋山は私人として、宗像のナマエに対する行動に憤り、嫉み、傷付いた。
それでも部下として、麾下として、仕えるべき上官を違えはしなかった。

「ほんと、私の恋人を舐めるなって話だよ。すぐに思い知ることになるのは分かってたから、言わなかったけどね」
「……ナマエ、さん……」
「私の負けですって、言ったんでしょ?そういうことだよ。あの人は君たちに守られて、君を見縊ってたことに気付いた」

ナマエが顔を上げ、秋山を見つめる。
酷く嬉しそうな表情だった。

「正真正銘、君の勝ちだね、秋山」

いつだったか秋山は、自分では宗像には到底敵わないと、ナマエに零したことがある。
その時ナマエは、例え世間一般にとってそうだとしても、ナマエにとってはその限りではないことを秋山に伝えてくれた。
ナマエの愛情の上に成り立つその優位性だけで充分だと思っていたが、今初めて秋山は、自らの基盤となる安心を得た気がする。

「手紙にも、書いたでしょ」
「え……?」
「君はね、私の誇りなんだよ」
「……ナマエ、さん……」

本日何度目かの、込み上げる涙を瞬きで散らした。
珍しいほど直截的に与えられる言葉が、秋山の胸中を温かく満たす。
堪らなく嬉しくて、誇らしかった。
長年憧れ続けた人に認められる、その歓喜。

「かっこいいとこ、見せてくれてありがと」

誤魔化したはずの涙は結局、秋山の蟀谷を伝った。
身体を起こしたナマエが、伸び上がってそれを舌で拭ってくれる。
地獄を彷徨うばかりだった一ヶ月が今、救われた気がした。

「……ナマエさん、」
「ん?」

視線だけで、キスを強請る。
違うことなく察したナマエから、口付けが降ってきた。
その甘い感触に浸っていると、不意に、きゅう、と音が鳴る。
一拍後にその正体を察し、秋山は思わず噴き出した。

「ふふ……っ、すみません、おなか空きましたよね」
「……そりゃ、もう九時半だからね」

外してヘッドボードに置いておいた腕時計を取り上げたナマエが、それを秋山の眼前に突き出して唇を尖らせる。
反射的にその唇に口付けてから、秋山はナマエを抱いたまま身体を起こした。

「夕飯、作りますよ」
「うん。でもごめん、今何もなくて」

それはそうだろう。
宗像の私兵として奔走した一ヶ月に、十日間の入院生活。
退院後も忙しく動き回っていたのでは、部屋で料理をする暇などあるわけがない。

「まずは買い出しですね。ちょっと待ってて下さい」

秋山はナマエの身体をベッドに降ろし、下着を掴んで立ち上がった。
駅前のスーパーはまだ営業中だ。
手早く衣服を身に付けていると、背後からシャツの裾を引かれた。

「一緒に行く」
「……身体、大丈夫ですか?」
「君が手加減してくれたんじゃん」

どこか拗ねたような口振りに、また愛おしさが零れる。

「はい、一緒に行きましょう」

秋山は笑って、ナマエに手を差し出した。
ナマエの着替えを手伝い、食べかけのケーキは後でデザートにしようと一旦冷蔵庫に仕舞い、揃って部屋を後にする。
夕食のメニューは、一ヶ月半前から決まっていた。






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