甘い永遠を願った[4]
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「でも、君がもしそれを許されたいなら、私もね、君に許してほしいことが一つあるんだ」

それまで、さも当然とばかりに淡々と言葉を紡いでいたナマエが、不意にその声音を少しばかり弱めた。

「……室長と、何度か同じベッドで寝た」

不意打ちの告白に、秋山は唇を噛む。
覚悟していたことだった。
あの移り香は、他に原因などない。
それでも、明確な言葉にされるとショックは大きかった。

「匂い、気にしてたでしょ。舌も、煙草の味だった?」
「……はい、」
「そっちはね、貰い煙草」
「ナマエさんも、吸われるんですか?」
「んーん、普段は全く。でも室長の一服に付き合わされて、あの一ヶ月は結構吸ったかな」

なるほど、あの舌が痺れるような苦味は、ナマエ自身が喫煙したからだったのか。

「……聞いても、いいですか」
「何でも」
「………室長と、身体の関係、は、」
「してないよ、秋山」

視線が絡まる。
真摯な色を湛えた瞳が、真っ直ぐに秋山を見据えていた。

「正直に言うと、最初は、もし命令されたら拒むつもりはなかった。でも朝になって、君に抱かれた時に、思った」
「……何を、ですか?」
「君と付き合ってる限り、私は君以外とはしない。絶対に」

心臓が、一際大きく跳ねる。
その視線と口調の強さに、秋山は驚きを隠せなかった。
ナマエの口にする"絶対"は、言葉本来の意味を持つ。
百パーセントの確信がない限り、ナマエが迂闊にその言葉を使わないことを、秋山は知っていた。

「それでも、君を傷付けるやり方を選んだことに、変わりはない。秋山、君は私を許してくれる?」

ナマエが秋山に許しを乞うのは、これが初めてのことだ。
恐らくナマエの行為は宗像に命じられた故であり、任務に必要とナマエが判断した末の選択だろう。
仕方なかったと言って貫き通せるのに、ナマエはその道を選ばなかった。

「……許し、ます。……俺のことも、ゆるしてくれますか……?」

秋山に、この台詞を言わせるために。

「うん、いいよ。許してあげる」

ぼろりと、眦から零れ落ちた涙が頬を伝う。
すぐに、堪え切れなくなった嗚咽が漏れた。
先程秋山が広げた距離を再び詰めたナマエが、秋山の頬を両手で包み込む。
秋山よりも幾分か体温の低い指先で涙を拭い、ふふ、と笑ったナマエに釣られて、秋山も泣きながら笑った。
両腕を伸ばし、ナマエの痩躯を抱き寄せる。
今度は自然に、どちらからともなく唇が重なった。
啄ばむような口付けを繰り返し、やがて互いの舌をゆっくりと絡め合う。
柔らかな愛撫のようなそれはすぐに余裕を失くし、呼吸を奪い合うような激しいものへと変わった。

「ん、……っ、ぅ……」

ナマエの零した微かな喘ぎ声が、腰を重く痺れさせる。
秋山は辛抱堪らずナマエの腰をさらに引き寄せかけ、そこで、ブラウス越しにも分かる包帯の存在を指先に感じ我に返った。
そもそもこの行為は、ナマエが身体を震わせたから途中でやめたのだ。
その理由が恐怖や拒絶でなかったのならば、それは。

「ーーっ、すみません、」

怪我をしたところが痛かった、と、そう言ったナマエの言葉が真実ということになる。

「氷杜?」
「呼ばないで下さい……」

許されて、触れられて、でもこれ以上は出来なかった。
そうだ、本人が平然としているため失念しかけるが、ナマエは十日間も入院していたのだ。
そんな重傷者を相手に、退院四日後でそういうことをしていいはずがない。

「今度は何を気にしてるの」

気遣いを忘れていた己と、ようやく取り戻した理性をまた打ち砕かんとするナマエの発言とに、秋山は頭を抱えた。

「何って……ナマエさん、その身体じゃ駄目です」
「身体?ああ、怪我?」

さもたった今気付きましたとばかりの反応をするナマエは、自分のことに無頓着すぎやしないだろうか。
かつて秋山が怪我を負った時は治るまでしないと言ったくせに、どうしてその逆には思考が及ばないのだろう。

「別に平気だよ」
「何言ってるんですかっ」

どう見ても、大丈夫でないことは明白だった。
すでに把握しているだけでも首と右手首、それから腰に包帯を巻いている。
秋山がまだ気付いていないだけで、恐らく制服の下には他にも多くの怪我を負っているだろう。
そもそも、仕事に復帰していること自体がおかしかった。

「氷杜、大丈夫だから」

明らかにわざとだと分かるほど声音に艶を乗せたナマエが、蠱惑的な笑みと共に秋山を見上げる。
秋山の喉がぐっと鳴った。

「ナマエさん……だめ、」

今すぐに抱きたい、当たり前だ。
だが、絶対に無理はさせたくない。
もう二度と、性行為の最中に痛いと言わせたくない。
だから今は耐えねばならないのに、肝心のナマエが秋山を誘うようにその手を秋山の首に回した。

「傷だらけの身体じゃ興奮しない?」
「そんなっ!そんなわけないじゃないですか!」

寂しげに小首を傾げて問われ、秋山は慌てて首を横に振り否定する。
見当違いも甚だしかった。
そんな状況を想像したくはないが、きっと秋山はナマエが全身を包帯でぐるぐる巻きにされていても血塗れになっていても、それがナマエであれば間違いなく興奮する。

「なら、抱いてよ」

ナマエがさらに顔を寄せ、秋山の耳元に囁いた。
甘い熱を孕んだ吐息が、耳朶を擽る。

「ずっと、待ってたんだからね、氷杜」

そこが、情けないことに秋山の限界だった。
一度だけ、と、どこぞの軽薄な男さながらな言い訳を口の中で唱え、ナマエの身体を抱き締める。
秋山の唇から吐き出された呼気もまた、情欲に濡れていた。
夢中で唇を吸い、力を入れすぎないよう必死で抑えながらナマエの背中を弄る。
呼吸が苦しくなってきたのか逃げるように唇を離したナマエの、僅かに反らされた喉に、噛み付くような勢いで口付けた。
そのまま、首筋を伝い、耳や頬にキスを落としていく。

「……ん……っ、ひもり、」
「はい……っ」
「ふふ……っ、氷杜だ、」
「ナマエさん?」

珍しい様子に、秋山が唇を離してナマエの顔を窺えば、そこには蕩けるような笑みがあった。

「やっと、帰って来れた」

嬉しそうにそう言われ、秋山の手がぴたりと硬直する。
その帰って来た場所が、セプター4だとか自分の部屋だとか、そういった物理的な話ではなく、精神的な意味だということは明白だった。

「ーーっ、おかえり、なさい……!」

秋山はそう返し、ナマエの唇に己のそれを重ねる。
ナマエが自分のもとへ帰って来てくれたのだということを実感し、その至上の幸福に、涙がさらに溢れた。



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