ただ前へ進む為に[1]今夜、ナマエの家で待っていてもいいですか。
1日オフとなっているはずのバーニィからそんなメールが来たのは、かれこれ30分前のこと。
その文面に、私は驚きを隠せなかった。
普段のバーニィは、待っていていいかなんて聞かない。
聞かずに、勝手に待っている。
私の家にしろ、会社のロビーにしろ。
時間も場所も関係ない。
私の都合なんて聞かずに、さも当たり前とばかりに待ち伏せされる。
別にそれが嫌な訳じゃないから、構わないのだけれど。
だから、こんな風にお伺いを立ててくるなんて初めてで。
これはすぐに帰った方が良いのだろうかと、しばらく悩んだ。
だが、急用なら電話するなり職場に来るなり、方法はいくらでもあっただろう。
そうしなかったところを見ると、切羽詰まっているという訳ではなさそうだ。
家の合鍵は渡してあるから、少し待っていてもらおうと。
とりあえず私は、今日中に片付けるべき仕事を急ピッチで進めている。
報告書を書くという、私の1番嫌いな仕事だ。
こういう、全く何の進歩にもならない形式的な仕事が私は好きではない。
だが、疎かにすると上からの苦情が来るのでそうもいかない。
上司に名前を売っておくのは、面倒臭いが大事なのだ。
そこに、開発の為の予算が掛かっているのだから。
私は手早くパソコンで報告書を書き上げ、キー1つで送信。
これで仕事は終わりだ。
着替えを済ませ、メンテナンスルームを後にした。
自宅に戻ると、予想に反してリビングに明かりが点いていなかった。
まだ時間は早いが、もう寝てしまったのだろうかと寝室のドアを開けて。
薄明かりの中、ベッドに腰掛けたバーニィを見つけた。
「ただいま」
そっと、声をかけて。
顔を上げたバーニィの、その表情に驚いた。
ひどく自嘲気味な、暗い顔をしていたから。
「…ナマエ」
頼りない声で名前を呼ばれて、私は彼に近づいた。
「どうしたの?」
何か、嫌なことでもあったのだろうか。
ベッドサイドに座るバーニィの前に立って、斜め上からその顔を見つめる。
「ナマエ…、俺は、ちゃんとヒーローを、やれていますか?」
長い、長い沈黙の後に。
バーニィはそう呟いた。
その時私は初めて、仕事上の弱音を彼から聞いた。
バーニィはプライベートになると、とても脆くて情けない姿を私にたくさん見せるけれど。
仕事のことは、いつだって自信満々で完璧で。
飄々とスマートに、ヒーローをこなしていたのに。
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