だってずっと欲しかった[3]
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十五分前に通った廊下を、今度は反対方向に歩いている。
流石のナマエも、人騒がせな奴等め、と胸の内で毒付いた。

日高に呼び出されて向かった情報室。
トラブルの原因は、単なるコードの入力ミスだった。
新入課員に任せていた部分は初歩中の初歩で、誰もそこを疑おうとはしなかったらしい。
碌に会話をしたこともない人間を信用するナマエではないので、当然頭からコードを見直した。
一分でミスを発見し、その五分後にはトラブルが全て解決した。
拍子抜けし、流石に呆れ返った。
平身低頭して謝り倒して来る課員たちを全て等閑に追い返し、ナマエは早々に情報室を後にした。
これまでナマエは情報課の教育に全く関与していなかったが、明日から徹底的に扱き上げてやろうかと、そんならしくないことまで考える始末だ。
とりあえず、日高には今度コーヒーでも奢らせよう。
そう決意しながら、ナマエは本棟の広大なエントランスを通り抜けた。

機嫌が少々よろしくないことは、認めざるを得ないだろう。
それは、あまりにも初歩的なトラブルで呼び出されたことを除いても、だった。
邪魔をされた、と思ってしまうのだ。
仕事ならば仕方ないと割り切れるはずのナマエは、この状況を残念がっていた。
それはつまり、秋山とのセックスを期待していたということなのだろう。
辿り着いた答えに、ナマエは苦笑した。

まったく、どうしてくれるんだか。

秋山は恐らく起きて待っているだろうが、先に寝ていていいと言い残して出て来た以上、音を立てずにドアを開けた。
気配を殺して玄関に入り、そっと鍵を閉める。

「……ナマエさん……っ」

聞こえた声に、やはり起きていた、と頬を緩めた。
しかしすぐに、それが迎えの言葉にしては様子がおかしいことに気付く。
耳を澄ませば、呻くような声と粘着質な水音が立て続けに鼓膜を揺らし、基本的には物事に動じないナマエでも硬直した。
鼻腔を掠めた、淫靡な匂い。
秋山が何をしているのかなど、考えるまでもなかった。
そうきたか、とナマエは内心で苦笑する。
起きているだろうとは思っていたが、まさか一人で慰めているとは予想していなかった。
しかし、考えてみれば当然のことかもしれない。
挿れる直前の、限界まで昂ったところで寸止めされたのだ。
それを吐き出さなければどうにもならないだろう。
だが、音が聞こえてくるのは部屋の中からだ。
トイレに移動する余裕もなかったのだろうか。
ナマエは静かにブーツを脱ぎ、慎重に廊下を進んだ。
部屋を覗けば案の定、ベッドで仰向けになった秋山が自慰に耽っている。
左手で口元に押し付けているものがナマエの脱ぎ捨てたシャツだと分かり、思わず笑いそうになってしまった。
漏れる声や手の動きから、そろそろ終盤なのだろうと察する。
ナマエは壁に背中を預け、気配を殺したまま秋山を眺めた。

予想通り、それから一分と経たないうちに秋山は達した。
弾け飛んだ白濁が、秋山の腹部を濡らす。
相変わらず量が多いな、などという所感を抱きながら、それを処理する秋山を見ていた。
そろそろ気付くだろうか、と待ってみるが、その気配はない。
元軍人としてそれも如何なものかと呆れていると、秋山が「すみません」と独り言ちた。
きっと、様々な葛藤を経てこの行為に及んだのだろう。
変態なんだか生真面目なんだか、よく分からない男である。
別に、怒るつもりなどなかった。
男の生理的な現象なのだから、当然のことだ。
しかし罪悪感に苛まれているらしい秋山は、沈痛な面持ちで天井を眺めていた。

「まあ、別に謝る必要はないんじゃない?」

ようやく声を掛けたナマエの真意としては、本音が半分、残りの半分はちょっとした出来心だ。
こっそりと玄関に戻り、さも今帰って来ましたとばかりの演技をしても良かったが、秋山を見ているうちに悪戯心が沸き起こった。
ナマエは加虐愛など持ち合わせていないつもりだが、秋山を見ているとついつい意地悪をしたくなってしまう。
その段になってようやくナマエの存在に気付いた秋山が、恐る恐る首を捻ってナマエの方を振り向いた。
その顔が驚愕に染まるさまをじっくりと眺める。
恐らく、現状の把握と対応の検討に時間が掛かったのだろう。
しばらく硬直していた秋山は、三拍ほど置いてから飛び起きた。
そして次に取った行動が、シーツで身体を隠すことでもナマエに背を向けることでもなく正座で項垂れることなのだから、つくづく面白い。
いよいよ我慢の限界を迎え、ナマエは思わず喉を鳴らした。
二十五の男がベッドの上で全裸のまま正座をする光景など、なかなか見られるものではない。
というか、人生で初めて見た。
これが秋山でなかったら、ナマエは間違いなくそのまま窓から放り出していただろう。
俯き震える秋山を見つめ、さてどうしたものかとナマエは思考を巡らせた。

怒ってはいない。
ベッドでナマエのシャツに顔を埋めていた変態性には苦笑を禁じ得ないが、それも秋山ならば許せてしまう。
だが、このまま何も見なかったことにしてしまうのは、少し面白くなかった。

「……人が仕事してたっていうのに、一人でお楽しみ?」

だから、少し揶揄してみる。
ナマエの底意など知らない秋山は、盛大に肩を揺らした。
きっと、怒られると思い怯えているのだろう。

「す、みませ……っ、本当に、すみません……」

その声が震えていることに気付き、それは駄目だな、と思った。
泣かせたいわけではない。
少し意地悪をさせてほしいだけだ。

「氷杜、顔上げて」

だから、すぐに口調を和らげる。
怒ってはいないのだと伝わるように、名前を呼ぶ。
そうすれば、秋山が恐々と顔を上げた。

「別に怒ってないから。あんな状態じゃ仕方ないでしょ。それに、オカズは私だったみたいだし?」

慰撫と追及を同時に投げれば、真っ青になっていた秋山の顔が一瞬で真っ赤に染まる。
これで、ナマエが少なくとも達する前から見ていたことが、秋山に違うことなく伝わっただろう。

「ごめ、なさ……っ、」

真っ赤になった顔を両手で覆う秋山に、もっと他に隠すべき場所があるだろう、とは言わなかった。
苦笑したまま、制服の上着を脱ぎ捨てる。
そのままベルトに手を掛け、わざと音を立ててバックルを外した。
秋山が、指の隙間からナマエの挙動を窺っている。
ナマエは躊躇いなくスラックスから脚を抜いた。

「……ナマエ、さん……?」

ついに手を下ろした秋山が、呆然とした声を出す。
何を驚いているのか、とナマエは笑った。

「お預けを食らってたのは君だけじゃないんだけどなあ」

ナマエも、欲しいと強請ったタイミングで中断させられたのだ。
男のようにあからさまな形はないものの、女だって身体は疼く。

「脚、広げて。で、両手後ろについて」
「……はい……?」
「君が一人でお楽しみだった分、私も楽しませてもらうから」

勝手に宣言し、わざわざワイシャツのボタンを四つ目まで外してからベッドに乗り上げた。
逆らうな、と目線に力を込めれば、秋山がおずおずと股を開く。
そのまま腰の後ろに両手をついたことを確かめ、ナマエは薄っすらと唇に弧を描いた。

「いいよって言うまでその手、動かさないでね」

暗に、手を出すなと釘を刺す。
逆らえるはずもなく頷いた秋山が、怯えたようにナマエを見上げた。
それも違う、と思う。
怖がらせたいわけでもないのだ。

「大丈夫だよ。……きもちいいことしか、しないから」

秋山の脚の間で膝立ちになり、耳元に囁いた。
息を呑む音が聞こえる。
ナマエは小さく笑い、赤く染まった耳殻を食んだ。
ナマエが部屋を出てから戻って来るまで、二十分弱。
同じだけの時間遊ばせてもらおうと勝手に決め、ナマエは伸ばした舌を耳の中に差し込んだ。
意図的に音を立てて、軟骨の線をなぞる。
小動物のように震えながらも、秋山はナマエの指示に忠実だった。
つまり、両手をシーツについたまま、動かそうとはしなかった。
本気で膂力勝負をすればナマエに勝ち目はないと秋山も理解しているだろうに、抵抗しない。

「もしかして、こういうの好き?」

耳に唇を付けたまま問えば、秋山がひくりと震えた。
答えは返って来なかったが、それが秋山の消極的な肯定だということをナマエは知っている。

「そんな気はしてたけど、やっぱりちょっとマゾヒズムな傾向あるよねえ」

耳朶を甘噛みすれば、秋山が小さく喘いだ。
視線だけで下肢を確認すれば、先ほど欲望を吐き出したはずの熱芯が既に力を取り戻している。
変態な上に絶倫か、とナマエは笑った。

たっぷりと耳を愛撫してから、舌先を首筋に滑らせる。
一度達した後だからなのか、秋山は随分と敏感だった。
鎖骨の上に口付け、胸筋の割れ目をなぞる。
ふと思い立ち、薄い色の乳首を舌で舐めた。

「ひぁ……っ」

すると、予想外の声が頭上から聞こえた。
恐らくは秋山にとっても信じられない反応だったのだろう。
視線を上げた先、表情に羞恥と困惑が見て取れる。
試しにもう一度舌先で突起を押し潰すように刺激すれば、似たような悲鳴が上がった。

「なに、もしかしてここ弱い?」
「ちが……っ、そん、な……知りません……っ」

知らなかった性感帯を発見してしまったらしい。
意図せずに口角が持ち上がる。
悪戯心を擽られ、ナマエは本気になった。
たっぷりと舌先に唾液を絡めてから、突起を柔らかく舐め上げる。
その後、ちろちろと擽るように刺激した。

「……ひ、ぁ……っ、や、そこ……っ、だめです……っ」

稀に男でも乳首が相当感じる場合がある、という話は耳にしたことがあったが、どうやら秋山はそれに当て嵌まるらしい。
女より感度が良いのではないか、と驚くほどに善がっている。
快感を逃がそうと頭を振る秋山は、若干涙目だった。
下肢ではすでに欲望が万全の状態まで昂っている。

「ひゃん……っ、や……っ、ナマエさん……!」

甘噛みすれば、普段からは想像もつかないような高い嬌声が迸った。
恐らく、声を出したくないのだろう。
秋山が唇を噛もうとするので、その咥内に指を差し込む。
噛まれても一向に構わないが、秋山が絶対にナマエの指を傷付けられないことは知っていた。

「ーーっ、や、ぁ……っ、はぁ……っ」

全体を唇で覆って吸い上げれば、秋山が腰を跳ねさせる。
熱芯が刺激を求めるように揺れた。
散々に虐め抜いた乳首から唇を離せば、秋山がほっとしたように荒い呼吸を繰り返す。
唇から指を抜いてあげると、秋山が物欲しげな顔でナマエを見つめた。

「ナマエさん……っ、も、限界です」
「……ん、分かった」

小さく笑ってみせてから、ナマエは先程までとは反対の乳首に口付けた。

「ーーっ、ちが……っ、」

そうではない、という訴えを無視し、舌先で突起を押し潰す。
感度は左右変わらないらしく、秋山は再び啼いた。
せっかくだからと、秋山の唾液に塗れた指で先程まで舐めていた方を摘んでみれば、嬌声がいよいよ切羽詰まったものになる。
最早声を抑えるどころではないらしく、仰け反った喉からはひっきりなしに呻き声が漏れた。

「あ、ぅ……っ、や、ぁあ……っ」

手足を支えに、秋山が腰を浮かす。
股の間に両足を揃えて膝立ちになっているナマエの、閉じられた太腿の間を狙うように腰を突き出され、ナマエは足を後ろに引いた。

「ナマエさん……っ、」

熱芯に直接的な刺激が欲しいことなど、もちろん知っている。
だがまだ十分しか経っていなかった。

「だぁめ」

甘ったれた声で秋山の動きを制し、両方の乳首を容赦なく攻め立てる。
陸に打ち上げられた魚のごとく跳ねる腰を後目に、ナマエはしばらく胸だけで秋山の反応を楽しんだ。



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