思惟を埋め尽くす[1]
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「今日、俺とデートをしてくれませんか」

秋山がそう言ったのは、ナマエが少し遅い朝食後のコーヒーを啜りながらタンマツを操作している時だった。
六月末、天気は快晴。
梅雨が明けて日増しに暑くなる季節の中で、比較的涼しく過ごしやすい日に、丁度二人の非番が重なった。

「デート?」

タンマツから顔を上げたナマエが、きょとりと瞬く。
秋山は一度唾を飲み込んでからはっきりと首肯した。
ナマエを相手にデートという単語を用いたのは、これが初めてだった。

恋愛関係にある男女が共に出掛けることをデートと呼ぶならば、ナマエとその経験がないわけではない。
両手で数えれば指が余ってしまうほどの回数ではあるが、それでも何度かナマエを誘って外出したことはあった。
もちろん殆どが秋山の能動的な行動であり、ナマエに誘われたことは一度しかない。
その一度も、外出先からナマエに呼び出されて食事をしただけである。
それ以外は全て、秋山が声を掛けてナマエを外に連れ出した。
ナマエが秋山の誘いを断ることはまずなかったが、だからと言って積極的に何かを楽しもうとする素振りもなかった。
恐らくナマエにとってはデートというよりも、ただ単に秋山の外出に付き合ったという感覚なのだろう。
行きたい場所やしたいことのリクエストを貰ったことはない。
二人で出掛ける際は、常に秋山がエスコートしていた。
しかしそのエスコートという単語も、秋山の認識とは齟齬が生じる。
確かに行き先を決めていたのは秋山だが、それは主導権を握っていたと言うよりもナマエの意に沿わないことをしないよう必死だったと言った方が正しいだろう。
秋山は、ナマエの趣味嗜好を全く把握していなかった。

学生時代に交際をしていた女性はナマエとは正反対に、どこに行きたい、何をしたい、と自ら提案してくるタイプだった。
テーマパーク、映画館、ショッピング、ホテルのレストラン、動物園、夜景の見える展望台。
王道のデートスポットは、彼女に希望されて一通り連れて行った。
そういう意味では、秋山の経験値はそれなりだと言えるだろう。
しかし秋山は、ナマエが所謂普通の女性とは異なる思考の持ち主であることを理解していた。
ナマエは恐らく、定番のデートコースを辿ったからといって喜んでくれるようなタイプではない。
文句を言うことはないだろうが、それを希望するかといえばきっと否のはずだった。
だからこれまでに秋山がナマエとしたデートは、カフェでお茶をするだとか、ショッピングモールを何となく見て回るだとか、外食をするだとか、その程度だ。
恋人ではなく単なる職場の同僚であったとしても何ら問題はないような、無難すぎるデート。
決して、それに不満があるわけではなかった。

そもそも秋山は、デートという行為にさしたる拘りがあったわけではない。
漠然と、恋人とデートをするということは定期的に必要なイベントなのだろうと認識していた。
だから、恋人に誘われればデートをしたし、エスコートもした。
彼女の要望を叶え、満足している様子が見られればそれで良かった。
そこに自身の意思は必要なかった。
認識に変化がなければ、きっと秋山がナマエをデートに誘うことは一度もなかっただろう。
ナマエから何も言ってこないのだから、この人は部屋で過ごすだけでいいんだな、と理解しそれに適応したはずだ。
しかし秋山はナマエを相手にして初めて、デートをしたいと願った。

最初の頃は、共にいられるだけで充分だった。
充分すぎた。
会話をするだけでも一杯一杯で、ナマエの部屋に招かれることが幸せで、二人きりの時間が何よりも貴重で、わざわざ外出しようなんて思わなかった。
その大部分は、今も変わっていない。
二人でいられるだけで幸福だし、その時間を他人に邪魔されたくないとも思う。
だが、関係が深まるにつれて秋山は貪欲になった。
まだ見たことのないナマエの姿を、もっと知りたいと求めるようになったのだ。

出会ってから四年。
国防軍にいた頃は今と違って男女の寮が隣接しておらず、ナマエのプライベートを垣間見る機会など一切なかった。
セプター4に移ってからは食堂などの共有スペースで顔を合わせることも増えたが、ナマエは職務中と大差ない雰囲気を纏っており、やはり私生活は謎に包まれたままだった。
交際し、部屋を訪ねるようになって初めて、秋山はナマエのプライベートに触れた。
しかしそれも、自室での過ごし方というほんの一部である。
たとえば普段はどこに買い物に行くのか、外食をする時はどんな店を好むのか、カフェでは主に何を注文するのか、電車に乗る時は立ったままなのか座席に座るのか。
そんな、些細だが当たり前のことすら知らなかった。
それを知らないことが、寂しかった。
相手のことを何でも知りたい、という欲求を抱いたのはナマエが初めてだった。
だから秋山は、ナマエを誘って出掛けるようになったのだ。
何回か重ねるデートの中で、秋山は少しずつナマエのことを知ることが出来た。
日用品は駅前のスーパーで買うこと、外食をする時は落ち着いた店の個室を好むこと、カフェではその日の気温に関係なく必ずホットドリンクを注文すること、基本的には電車の座席に座らないこと。
知らなかったことを一つずつ知っていけることが、とても嬉しかった。
もちろん二人きりの時間が何より大切なので頻度はそう多くないが、秋山が時々ナマエをデートに誘うのはそういった理由があるからだ。
一緒に出掛けると、普段一人で見る景色が全く別の燦然と輝くものに見える。
屯所内という限られた場所ではなく、街中で見るナマエの笑顔は新鮮で貴重だった。

しかし、ナマエが秋山と同様に感じてくれているのかというと、それはまた別の話である。
秋山がデートと特別に考えている外出を、果たしてナマエはどのように捉えているのか。
恐らくは、ちょっと食事に行った、くらいの認識なのだろう。
最中に愛を囁くこともなければ手を繋ぐことも滅多になく、艶っぽい雰囲気など皆無である。
たとえば誘うのが秋山でなく弁財でもナマエは同じ言動を取るだろうと思えてしまうほど、デート中のナマエは至って普通の態度だった。
恋人特有の甘えやスキンシップなど一切ない。
それはナマエが秋山と出歩くことをデートと認識していないからなのか、それとも元々デートという行為が特別だと思っていないのか。
どちらにせよ、秋山はそれが少し寂しかった。

決して、公共の場でいちゃつきたいだとか、恋人に貢ぎたいだとか、そういうことではない。
でも少しくらい甘えてくれたり、特別に感じてくれたりはしないだろうか。
我儘なのは分かっているが、秋山はもっとナマエの様々な表情を見てみたかった。
その願いを叶えるためにはどうすればいいのか、試行錯誤した結果が、これである。

「デート、です。駄目ですか?」

敢えて、その単語を口にした。
これまでのように「少し出掛けませんか」という曖昧な誘い方ではなく、明確にデートを申し込んでいるのだと認識させる。
そうすることで、少しはそこに含まれる恋愛感情を察してくれるのではないかと期待した。

「うん、まあいいけど」

腑に落ちない様子ながらも、ナマエが頷いてくれる。
秋山はほっと安堵して表情を崩した。





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