君よずっと幸せに[2]
bookmark


秋山は、ナマエを信用している。
宗像とは何もなかった、と説明してくれた、その言葉を信じている。
ナマエが宗像と言葉を交わす度に憂懼を覚えるのは事実だが、それはナマエを疑っているからではない。
秋山は、宗像を恐れているのだ。

宗像がその気になれば、秋山とナマエの関係を絶つことなどいとも簡単に出来るだろう。
その上でナマエを自分のものにすることも、きっと造作ないはずだ。
宗像の手の内にはカードが何枚もあり、いつでも好きな時に切ることが出来る。
何もかも、思うがままに動かすことが出来る。
そんな相手と真っ向勝負で勝てると思うほど、秋山は身の程知らずではなかった。
だからこそ、理解出来ない。
宗像はなぜそれをせず、好きな女性を他の男に任せたまま静観しているのだろうか。


「ふふ、そうですねえ。君たちは確か、お付き合いを始めてからそろそろ一年ほど経ったのではありませんか?」
「……仰る通りです」

宗像を相手に姑息な誤魔化しなど通用しない。
なぜ知っているのか、と訊ねることも無意味だ。

「あの頃に比べ、随分と仲が良くなったように見受けられますね」
「そう、かもしれません」
「結構なことです。君はいつから彼女のことが好きだったのですか?」
「……四年ほど前からでしょうか」

宗像の意図が全く読めず、秋山は問われるがままに答えることしか出来なかった。

「ふふ、そうですか。君は一途なんですね」

それは賛辞か、それとも揶揄か。
返答に窮した秋山を置き去りに、宗像が続けた。

「ミョウジ君も、君のことが好きなのでしょうか」

ボディーブローを喰らったような衝撃に、秋山は息を詰める。
それを宗像から問われるということが秋山にとってどれほどの痛みであるか、きっと宗像は知っているのだろう。

「……そうであれば、嬉しいです」
「ええ、そうでしょうね」

何かを含ませたような相槌に、秋山は制服の胸元を握り締めた。
秋山は、宗像が余裕を失する瞬間など見たこともないが、今目の前で醸し出されるそれは何なのだろう。
好意を抱く女性の交際相手に対し、誰の目にも明らかなほど優位に立つその姿勢を支えるものは何なのだろう。
まさか宗像は、秋山の知らない決定的な何かを掴んでいるのだろうか。
そんな疑念が思惟の片隅を過ぎった。

「君から見て、ミョウジ君はどんな女性ですか?」
「……尊敬に値する、立派な方です」

なるほど、と宗像が鷹揚に頷くのが背後からでも分かる。

「では、ミョウジ君にとって君はどんな存在でしょう」

再び襲ってきた性質の悪い質問に、秋山は唇を噛んだ。
秋山が自身の胸に問うて答えられる質問ならば、もちろん出来ることならば黙秘したいとは思うが、まだ受け入れ易い。
しかし、ナマエの心情を推し量って答えなければならない質問は苦行だ。
秋山は自惚れ屋ではないし、ナマエに愛されていると自信を持って言えるわけでもない。

「……自分には、分かり兼ねますが……。共に剣を取る同志だと認めて貰えていれば、誇りに思います」
「そうですか。君はやはり実直な人ですね、秋山君」

そう言いながら、宗像が交差点の角を曲がった。
桜並木が途切れ、変哲のない道に出る。

「君とミョウジ君が交際をしていると知った時は、少し驚きましたよ」

どうやって知ったのか、などもちろん聞かなかった。
屯所内の出来事において、宗像に把握出来ないことなどないのだ。
驚いたとはつまり、意外だったということだろうか。
似合わない、不釣り合いだ、そう思ったのだろうか。
だとすれば、宗像に指摘されるまでもない。
そんなことは秋山自身が一番良く理解していた。

「彼女は君のような人が好きだったのですね」
「……いえ……、そういうことでは、ないと思います」

それは、宗像を前にした謙遜でも遠慮でもない。
秋山の考える真実そのものだった。
ナマエは決して、秋山のことが好きで告白を受け入れてくれたわけではない。
嫌悪感はなかった、ただそれだけの理由だ。

「そうでしょうか。初めは意外に感じましたが、なかなかお似合いだと思いますよ」

これは嫌味だろうか。
もし本心から言っているのであれば、宗像の度量の大きさに感服するしかない。
それとも、秋山など眼中にないという意思表示なのだろうか。

「君の誠実な人柄は、ミョウジ君にとっても好ましいものでしょう」
「……ありがとう、ございます」

恐る恐る礼を述べながら、秋山は改めて宗像の存在に畏怖の念を抱いた。
理解していたはずのことを、改めて痛感させられる。
この方に敵うわけがない、と。

ナマエがなぜ宗像ではなく自分を選んでくれたのか、秋山は今でもその理由を知らない。
恐ろしくて聞いたことがなかった。
自分なりに考えた一つの結論としては、ナマエにとって秋山のように必死で縋る存在が珍しく、興味を持ったからではないか、と思っている。
しかし真相は分からず、答えはナマエの中にしかない。
否、もしかしたら宗像も知っているのかもしれない。
その答えこそが、宗像の滲ませる余裕の理由になっているのだろうか。

「ミョウジ君は私のセプター4になくてはならない存在ですからね。しっかりと支えてあげて下さい」

宗像の言葉に、秋山は何も返せなかった。
いつも宗像は、ナマエを自らの所有物のように扱う。
王として、それは当たり前のことかもしれない。
しかし秋山には、それが男としての支配欲に聞こえてしまうのだ。
私のものを今は君に貸してあげているだけに過ぎない、と言われているように錯覚する。
秋山は細くゆっくりと息を吐き出した。
駄目だ、と自らを譴責する。
宗像はともかく、秋山がナマエを物のように扱って想像することは許されない。
そんな風に思ったことは一度もない。
ただ、宗像の言葉は秋山から正気を奪って煩悶させるだけの威力を備えていた。

「それにしても、風情のある散歩道でした。今度は皆で花見をしたいですね。もちろん、ミョウジ君も一緒に」
「……はい、そうですね」

わざとらしく付け足された名前に動揺しながらも、秋山はそれを押し殺して宗像の提案に賛同する。

「とても楽しみです」

宗像がそう言って、屯所の正門をくぐった。
屯所の外周をぐるりと囲むように植えられた桜の木も、見事に咲き誇っている。

ざっと、一陣の風が吹いた。

「ああ、桜吹雪ですね」

空を見上げた宗像の上に、桜の花弁が舞う。
秋山も釣られるようにして顔を上げた。
白藍の空を背景に、淡紅色の花弁が散る。
秋山は恐らく一般的な感覚でそれを美しいと感じるが、果たして宗像の視界にはどのように映っているのだろうか。
同じ景色を見ることは一生ないのだろうと、秋山は思った。




prev|next

[Back]
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -