アイシテルの言葉[4]
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三分ほど、黙っていた。
顔をぐちゃぐちゃにして泣く秋山を、ずっと見ていた。
だが、そろそろいいだろう。
中に埋めた本人は忘れているかもしれないが、今は紛うことなきセックスの最中なのだ。
かれこれ二時間近く、焦らされているのだ。
もう、いい加減に決定的な刺激がほしい。
ここで、ナマエがこの一年で身に付けたスキルの出番だった。

これ以上泣かせることなく。
驚かせて、羞恥を煽る。
感情よりも欲望が大きくなるように仕向ける。

ナマエは脳内で組み立てた馬鹿みたいな台詞を舌の上に滑らせた。

「ね、ひもり。早く、ぐちゃぐちゃにして」

びくり、と、ナマエの中で熱芯が脈打つ。
見事に泣き止んだ秋山が、瞬時に顔を真っ赤にした。
大成功、と内心で笑う。

別にナマエは、卑猥なことを言われたり言わされたりして愉しむ性癖は持っていない。
だが、生真面目な顔をしておいて、秋山が意外とこの手のフレーズに弱いことは知っていた。

「も、我慢出来ないから。めちゃくちゃに、掻き混ぜて」

実際、嘘はついていない。
心にもないことを言っているわけではない。
そろそろ我慢出来ないのは、本当だ。
ナマエは、ずっと意識を逸らし続けてきた下腹部に思い切り力を込めた。

「く……ぅ……っ、あ……ナマエさ、……っ」

中にある熱を締め付ければ、茹で蛸のようになった秋山が低音と高音を混ぜて呻く。
直後、逃げ出すようにギリギリまで腰を引いた秋山が、そのままナマエの好い所を思い切り突き上げた。
一点だけ敢えて褒めるとするならば、あれだけ泣いても硬度を失わなったことは流石だろう。

「ひ、あっ……!ン、あ、ああ、んっ」

手加減なく全力で腰を打ち付けられ、ひっきりなしに声が漏れる。
腰を掴んだ秋山に身体を揺さぶられて視界のピントが合わなくなった。
卑猥な水音と、肌のぶつかる音が同時に聞こえる。
こうなったら徹底的に煽ってやろうと、サービス精神なのか悪戯心なのか判別出来ない衝動が込み上げた。

「ひ、もり……っ、あ、ーーっ、き、もち、ぃ……っ」

途端に、これ以上はないだろうと思えるほど昂った秋山の欲望がさらに膨れ上がる。
自分で自分の首を絞めたことに気付いた。

「ナマエ、さ……っ、すみ、ませ……っ、おれ、先に……っ」

羞恥ゆえか、それとも快楽ゆえか。
それ以上は言葉にならなかったらしいが、ナマエには違うことなく伝わった。
申告内容は何も意外ではない。
自主的とはいえあれだけ我慢し、さらに煽られたのだ。
秋山があまり長く保たないことは分かっていた。
腹筋に力を込めることで、その返事とする。
秋山が上擦った声を上げてきつく目を閉じた。
基本的には、早漏でも遅漏でもないのだ。
ナマエの経験と照らし合わせれば、あくまで一般的。
しかし、秋山の一回目は必ず早かった。
それは間違いなく、あの執拗な前戯があるからだろう。
秋山の前戯と本番の長さはいつも反比例した。

「……す、みませ……っ、だ、しま、す、ーーっ」

息を詰めた秋山が、ぶるりと身震いして欲望を吐き出す。
崩れ落ちた上半身を受け止め、汗ばんだ背を抱き締めた。
毛先の張り付いた首筋に、軽く口付ける。
荒い呼吸を繰り返しながら、秋山が小さく呻いた。
たった今熱を解放したはずの棹が、ナマエの中でひくりと脈打つ。
これこそが、秋山の恐ろしいところだった。
一回目の早さなど、何の問題にもならないのだ。
この異様な回復力は、何度見せつけられても驚かざるを得なかった。

しっかりとした硬度を保ったままの熱芯が、ずるりと引き抜かれる。
避妊具を外して始末した秋山の手は、早くも新しいパッケージをシーツの上から摘み上げていた。

「……もう一度、いいですか……?」

今更聞かないでほしい。
秋山が一晩に一度で終わったことなど、身体を重ねるようになってから約四ヶ月、片手で数えられる程度の回数しかないのだ。
秋山が淡白そうな顔に似合わず精力絶倫だと知ったのは、初めてセックスをした夜だった。
一度や二度では済まず、最終的に明け方まで時間をかけて四度。
最後の二回、言葉と態度は申し訳なさそうに謝っているのに、それでも腰を止めない秋山を見て、なるほど男の下半身は別の生き物なのだと理解した。
恐らく、あの時にナマエが咎めていれば、秋山も止まれたのだろう。
一晩に三度も四度もするようなセックスが当たり前にはならなかったのだろう。
だが、ナマエは秋山を止めなかった。
不可抗力だったわけではない。
自らの意思で、受け入れたのだ。

「……ん、きて、」

時折、後悔する。
非番の日に足腰が全く立たず、一日中ベッドとお友達になったりすると特に、口先で秋山を詰る。
でも、幸せそうに瞳を蕩けさせて熱を押し込んでくる秋山を見ると、拒絶する気になれないのだ。
何度でも、その熱を包み込みたくなる。
そして、本当にナマエがつらい時は無理強いをしない優しさを知っているから、許してしまうのだ。

「ナマエさん……っ、ナマエ、さ……ぁ、ん……っ」

顔を歪め、目元を濡らし、頬を上気させて求めてくる姿を下から眺め入る。
一年か、と感慨に耽った。
色々なことがあった気がする。
自身の中における恋愛というものの優先度が限りなく低く、またさしたる関心もなかったナマエが、こんなにも恋人に振り回されたのは初めてだった。
部屋の合鍵を渡したのも、人のために料理をしたのも、泣いている恋人を抱き締めて慰めたのも、セックスの最中に自ら口淫を施したのも、喧嘩をしたのも、家族に交際相手がいることを教えたのも。
ぜんぶぜんぶ、秋山が初めてだった。

「……なに、考えてるんですか……?」

抽送を緩めた秋山が、不安げに顔を覗き込んでくる。
不安な感情を見せられた時に安心させてあげたいと思ったのも、秋山が初めてだった。

「ばか、君のことだよ」

へなり、と秋山の眉尻が垂れる。
嬉しそうに目を細めた秋山の首に手を掛け、そのまま引き寄せた。
繋がったまま、唇を重ねる。

「いつの間にか随分惚れたなあ、って。思っただけ」

唇を触れ合わせたまま自己申告してみれば、少し上体を起こした秋山が不思議そうに首を傾げた。

「いつの間にか、って。俺は四年も前から貴女のことが好きですよ?」

思い切り誤解した秋山に、ナマエは小さく吹き出す。
基本的には優秀なくせに、秋山は時々抜けていた。
それとも、逆の可能性は全く思い付かないのだろうか。

「そうじゃなくて。私が君に、って話ね」

誤解されたままでもよかったが、せっかくなので訂正してみた。
照れた顔なんて見慣れているけれど、時々わざと追い詰めてみたくなる。
案の定、秋山の顔が沸騰したようにぼんっと真っ赤に染まった。

「え……、あ、……えっ?!」

そこで驚かれることが心外だと、何度言わせるつもりだろうか。
これでも分かりやすく好意を示しているつもりなのに、秋山はナマエの言葉をあまり信じていない。

「……たぶん、ね、」
「ぁ……、多分、ですか……?」

途端にしゅんと顔を伏せる秋山に、ナマエはこっそりと笑った。

「多分ね、これからもっと、好きになるんだろうな」
「……ナマエさん……」

一転して幸せそうに蕩けた表情を見上げ、ナマエは今度こそ小さく笑う。
足を上げ、油断している秋山の腰に絡めた。
力を込めて引き寄せれば、秋山が息を詰める。

「これ以上煽らないで下さい……!」

諌めるような、それでいて懇願するような口調。
でも、本当はこれが好きなことを知っている。

「ひもり、いかせて」

甘ったれた声音で強請れば、秋山の眼睛を獰猛な欲が過ぎった。
腰を掴んだ熱い手と、中を蹂躙する熱量。
逆上せそうな思惟を掠めていく、荒い息遣いと濡れた音。

「ナマエ、さん……っ」

中を突き上げながら辛うじて呼ばれ、ナマエは返事の代わりに喘いだ。
生理的な涙に烟る視界の中心で、秋山がきっとナマエを見下ろしている。

「く……っ、ぁ……、好き、です……っ、愛して、ます……っ、ナマエさ……、ん、」

言い終えると共に、秋山の欲望が最奥を穿った。
視界が明滅し、思惟が白く染まっていく。
私も、と返せたのかどうか、あまり自信はなかった。

だから、あとでもう一度伝えようと、そう思う。






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