同じ時を歩んで行こう[6]
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屯所まで殆ど全力疾走で駆け戻った秋山は、その勢いのままに情報処理室の扉を叩き開けた。
一刻も早く仕事を終わらせ、ナマエに連絡を取りたかった。
卑怯だが、セプター4支給のタンマツを鳴らせばナマエは応えてくれる。
誠心誠意、許してもらえるまで謝って、そしてお礼を言いたかった。
恋人がいると、家族に告げてくれた。
あの口振りではきっと、秋山のことを色々話してくれたのだろう。
それがどれほど嬉しいことか、きちんと伝えたかった。

「驚かせるな、秋山か」

扉の音が殊の外大きく響いたようで、全員の視線が秋山に集まる。
しかし、弁財の小言は秋山の耳を素通りしてしまった。
情報室の端、先に帰着していた伏見の隣になぜかナマエの姿があるのだ。
私服を着ているから非番で間違いないのに、何か緊急事態だろうか。

「何かあったのか?」

近くにいる加茂に小声で訊ねたが、返って来たのは分からない、というジェスチャーだった。

「伏見さんが呼び出したのは確かなんだが」

それ以上の情報はないという。
秋山はそうか、と頷いた。
何はともあれ、帰投報告である。

「伏見さん、遅くなって申し訳ありません。ただいま帰投しました」

邪魔にならないよう、伏見とナマエの二歩手前で声を掛けると、モニターを凝視していた伏見に「ああ」と声だけを返された。

「ミョウジ、今のでもう一回」
「はい」
「………ん、いけるな」

どうやら、何かの調整をしているらしい。
秋山はそっとその場から離れようとして、しかし次の瞬間、目にしたものに動きを止めた。

「Bパターンが明日の……ヒトヨンサンマルですね」

椅子に腰掛ける伏見のすぐ側に立っているナマエが、黒いショートジャケットの左袖を微かにずらして何事かの時刻を告げる。
袖から出された手首に巻かれていたのは、昨日秋山が買って、そして川に投げ捨てたはずの腕時計だった。

「………え………?」

同じデザインのものを、持っていたのか。
否、そうではないはずだ。
ナマエが今年の頭に壊れたと言っていた腕時計は全く違うデザインで、新しいものを購入した様子もなかった。

ならば、そこにあるものは。

文字盤から視線を上げたナマエが、昨夜駅前で話した時以来、初めて秋山の顔を見る。
目が合って、言葉が出て来ない秋山の視線の先、ナマエがふっと小さく笑った。


「ミョウジ、非番なのに悪かった。もう帰っていい」
「いーえ、このくらい。ああ、伏見さん。ちょっと秋山借りていいですか?ここに来たら仕事思い出しちゃって」

ん、と伏見が頷く。
ナマエは普段使用しているデスクからファイルを二冊取り上げ、秋山に視線だけでついて来るよう促した。
それに従い、秋山は慌てて部屋を出て行くナマエを追う。
ナマエが秋山を連れて行ったのは、情報室から程近い小さな資料庫だった。


「川遊びなんて、久しぶりにやったよ」

早く会って謝りたいと思っていたはずなのに、唐突にその機会が与えられて狼狽える秋山を後目に、ナマエがくすりと喉を鳴らす。
その言葉の意味を捉え、秋山は焦って前のめりになった。

「川の中に入って探したんですか?!」

しかし、考えてみれば当然のことだろう。
秋山が投げ捨てたのだ。
中に入って取るしか方法はない。

「まあ、おかげで頭は冷えたね」
「なんで……っ、どうして、そんな。二月なんですよ?この季節にそんなこと、」

普通、外気温も水温も関係なくそんなことはしない。
それなのに、わざわざ一年で最も寒い時に、水温五度の川に入って小さな紙袋一つを探したというのか。
そんなことをしてもらう価値のあるものではない。
きっと、朝から出掛けたというのはそのためだったのだろう。
喧嘩をしている相手が、勝手に怒って勝手に投げ捨てたものを、なぜわざわざ探してくれたのか。

「どうして……、風邪を引いたらどうするんですか。俺が勝手に捨てたものを、どうしてわざわざ、」
「弁財に聞いたら、私へのプレゼントだって言うから。なら、私が貰わなきゃ」

弁財も、まさかナマエが探しに行くとは思わなかったのだろう。

「まあ、これにはオチがあって。実は川の中じゃなくて、すぐ側に立ってた木の枝に引っ掛かってたから濡れ損だったんだけどねえ」

苦笑したナマエが、もう一度袖を捲る。
そこには、秋山が選んだ腕時計がしっかりとはまっていた。

「でも良かった。アクセサリーならともかく、時計だと水没して使い物にならなくなってただろうから。まあ、探した甲斐はあったよ」

いいセンスしてるね、と。
ナマエが笑った。

「ーーっ、すみ、ません……っ。ナマエさ、ごめ、なさ……っ。すみません、ほんと……に、すみません……っ」

その笑みに、秋山の涙腺が決壊する。
唐突に零れ落ちた滝のような涙に、ナマエが苦笑した。

「兄さんに会ったんだって?メール来たよ」

しゃくり上げて碌に言葉の紡げない秋山が頷けば、伸びてきた手がくしゃりと頭を撫でてくる。
その感触が、余計に涙を誘った。

「兄さんは何年か前に結婚してね。子どももいる。福岡はちょっと遠いけど、まあ、いつか付き合ってよ」
「……は、い……っ。連れ、て、行っ……て、下さい……っ」

ん、とナマエが頷いた。
まるで当たり前ように、家族に会わせてくれると言う。
もしかしたら、秋山が勝手に遠慮していただけで、訊ねていればもっと前に家族の話をしてくれていたのかもしれない。

「ナマエさん、……すみません、本当に。ごめんなさい……っ」
「秋山。昨日のことなら、もういいから。君が何を考えてたのか、ちゃんと分かってるから。だからもう気にしなくていい」

その言葉に、誤魔化しは見つからなかった。
どうでもいい、と流したわけではなく、ナマエの中できちんと整理がついたのだと分かった。

「ナマエさん、」
「ん?」
「ありがとうございます。……愛してます」

涙は止まらないまま、それでも頑張って笑みを作る。
きっと、歪で不器用な表情になっていたのだろう。
苦笑したナマエが、右手を左の手首に添えた。

「私も、ありがと。ちょっと早いけど、貰っておくね」

袖から覗く、秋山の選んだ腕時計。
ナマエの手首に収まった、秋山からのプレゼント。
男性が女性に時計を贈ることには、意味があるという。
秋山はそれを、この腕時計を購入した店の店員に教わった。

そうなれるよう、努力したいと思った。






同じ時を歩んで行こう
- いつか、言葉にして伝えられる日が来ますように -





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