たとえば、その刹那[6]
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ナマエはいま眠っているとのことで、特務隊の面々は日付が変わる直前、屯所に帰投した。
生憎、現場の後始末さえまだ終わっていない。
明朝から再開するとのことで話が纏まり、病院は封鎖線を張ったままだ。
宗像が特務隊全員に休息を指示したため、書類さえ後回しにして皆泥のように眠った。

眠れなかったのは恐らく、秋山だけだ。
正直、身体は鉛のように重くベッドに沈み込む。
だが、頭の中でずっと三人の言葉が駆け巡っていた。

任務に犠牲は付き物だ。綺麗事並べてんじゃねーぞ。

お前だけが特別だと思うなよ!

現場で指揮官に逆らってんじゃないよ、このくそったれ。

あの時は納得出来るわけがないと反発した伏見の言葉さえ、今にして思えば正論だと思わされた。
全員が状況を的確に判断し、苦渋の選択をした中、秋山だけが私情を挟んだのだ。
それは事実だった。

しかし、と秋山は胸の内で反論する。
それは全て、ナマエが生きていたから言えることだ。
もし仮にナマエが死んでいたとしたら、果たして秋山は伏見の判断が正しかったと思えただろうか。
答えは問うまでもなく否だ。
誰が何と言おうとも、秋山は伏見を恨んだだろう。
お前が殺したと責めただろう。
それでも、間違っているのは秋山の方だと言うのだろうか。

懊悩のうちに、夜は明けていた。


正直、会って何を言えばいいのか分からない。
それでも無事な姿を一目見たくて、秋山は出勤前に病院を訪ねた。
面会時間外ではあるが、職務上の理由だとセプター4の身分証を提示すれば許可は下りる。
ナマエは宗像の手配なのか、個室に入院していた。
ノックを二回、白いドアをスライドさせる。
ベッドに横たわったナマエが、ゆっくりと顔を傾けた。

「……朝早くから、すみません」

後ろ手にドアを閉めて秋山が一礼すれば、ナマエが苦笑する。
そこに拒絶の色はなかった。

「まったく、せっかくの非番なのに」

入院を非番と言い切ったナマエに、秋山もつられて苦笑する。
想像していた以上に、容体は安定している様子だった。

「痛みますか?」
「ああまあ、多少は。でもラッキーなことに骨は一本もいかなくてね。馬鹿みたいに力使ってへばっただけで、実は打ち身と軽い火傷と小さな裂傷くらいなんだ。一晩寝ればわりと元気」

恐らく、言葉ほど平気ではないのだろう。
しかしあれだけの爆発に巻き込まれ、さらにその後一時間に渡って戦い続けたことを考えれば、確かにましな方だった。
もっと重傷を負った可能性、さらに言えば命を落とすことさえ十分にあり得たのだ。
生きていてくれただけでも僥倖だった。

「しばらく安静にして下さいね」
「そんな医者みたいなこと言わないでよ」

ナマエが喉を鳴らしながら、リモコンを操作してバックボトムを上げる。
僅かに顔を顰めつつも、ナマエは背中を預けて座った。
確かに顔色も悪くなく、腕に刺さった点滴さえなければ健康体に見えなくもない。
しかし、入院着の下には包帯やら湿布やらがあちこちに隠されているはずだった。

「……ナマエさん、」
「ん?」

ベッド脇に立ったまま、秋山は言葉を探す。
結局、ここに来ても何を言えばいいのかは分からないままだった。
それでも思いを吐き出したくて、許されたい気がして、秋山は呟くように謝罪する。

「すみませんでした」
「……何に対する謝罪?」

しかしナマエは、秋山の曖昧な意思などお見通しだったのだろう。
見上げてくる双眸が、微かに細まった。

「……あの時、助けに行けなくて、」
「ストップ」

秋山が逡巡の末に選んだ理由は、即座に制される。
柳眉を上げたナマエが、秋山を見据えた。

「まだ、そんなこと言うつもりなの」

静かな声音に、苛立ちが滲んでいる。
秋山は唇を噛んだ。

「伏見さんが何を考えていたか、分からないって言うつもりなの。納得いかないって、言うつもりなの」

いいえ、と秋山は微かに首を振る。

「謝るってことは、間違いを認めることだ。あの時私を助けなかったことは間違いだったと、認めることだよ。伏見さんが間違ってたって、思ってるの?」

ナマエはまだ、目を覚ましてから伏見に会っていない。
ナマエの容体を聞いて安堵した伏見を見ていないはずなのに、あの判断を正しかったと評するのか。
一切の迷いなく、信じているのか。

「別に私は、上官の命令は絶対だとか、そこまで妄信的なことは言わないけどね。でも、現場で指揮官に逆らって仲間を必要以上の危険に晒すことは褒められたものじゃないと思ってるよ」

淡々とした正論に、秋山は拳を握り締めた。

「……それは、貴女が……、」
「ん?」

俯けていた顔を上げる。
白い入院着に身を包んだナマエを、秋山は真っ直ぐに見据えた。

「それは、貴女がいま生きているから言える結果論に過ぎません……!」

喪ったかもしれないのだ、この人を。
宗像が間に合わなければ、もしかしたら死んでいたかもしれないのだ。
伏見の指示通りストレインを確保するまで堪え、駆け付けた先、待っていたのはナマエの亡骸だったかもしれないのだ。

「もしもっ、貴女が亡くなっていたら!俺は伏見さんを許しませんでした……っ」

あの時すぐに駆け付けていれば救えたかもしれない、守れたかもしれないと、伏見を責めただろう。

「貴女を見捨てろと言った伏見さんもっ、こんな状況を作った室長もっ、俺は絶対に……っ!」

高ぶった感情に混ざって、涙が込み上げる。
秋山は咄嗟に袖で強引に目元を拭い、踵を返した。
荒々しく開け放ったドアから部屋を飛び出し、白い廊下を足早に進む。
再び溢れ出た涙のせいで、視界が滲んだ。



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