たとえば、その刹那[1]
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今日も今日とてサイレンが鳴り響く。


「あああ、今からメシ食うつもりだったのに!」

十三時すぎに受理台が発令した出動命令に、丁度パソコンの電源を落としたところだった日高が頭を抱えた。
情報処理室に詰めていた特務隊の半数がその姿に苦笑し、もう半分は表情を引き締める。

「残念だけど日高、これは夕食も怪しいよ」

手早く警察庁からの入電内容を確認したナマエがそう言ってひらりと手を振り、全員を集めた。
ナマエの隣に座っていた伏見が画面を覗き込み、チッと盛大な舌打ちを放つ。
側に駆け寄った秋山は、どうやら厄介な案件らしいと居住まいを正した。

「下神町にある東東京総合病院で異能者事件発生。ストレインは計六名、いずれもベータ・クラス」

ざわり、と室内の空気が揺れる。

「職員と入院患者約三十名が逃げ遅れ、ストレインと共に病院内に取り残された。重軽傷者はすでに二十名以上」

おいおい、と道明寺が呻き、榎本が顔を引き攣らせた。

「ストレインの能力はいずれも中距離戦闘向け。なんでも、手からビームのようなものが出て、それが当たると対象が吹き飛ぶ、と。要は高エネルギーレーザー兵器みたいなものだねえ」

たん、とナマエがキーボードを弾くと、モニターに映像が映し出される。
左端に映った男の手から放たれた緑色の閃光が一瞬で画面を横切り、右側にあった入院患者用のベッドを吹き飛ばした。

「うわあ……、すごいねえ……」

五島の場違いにも聞こえる感嘆は、しかし隊員たちの総意である。
まるでハリウッドのSF映画だ。

「チッ……よりによってこんな時に」

伏見の言葉に、秋山らは目を見交わす。
榎本や布施の表情が不安に歪んだ。
ベータ・ケース、つまりこの事件は通常、宗像を筆頭とした第四種展開を要する。
それなのに今日、宗像は淡島を伴って福岡に出張中だった。

「ミョウジ、指揮を任せた。俺は前線に出る」

宗像、淡島の両名不在時、基本的に指揮を執るのは伏見の役目だ。
しかし、この事件は間違いなく前線で先陣を切る人間が必要だろう。
力のぶつけ合いになる場合、適任なのはナマエよりも伏見だった。

「了解しました。秋山、室長に連絡を」
「はっ」

ナマエが立ち上がる。

「特務及び第一から第三小隊に出動命令。細かい指示は移動中に出す、大至急現場へ」

ナマエの指示に、伏見、秋山を除く全員が駆け出した。

「ミョウジさん、繋がりました」
「スピーカーに」

秋山は、宗像に電話を掛けたタンマツをスピーカーモードに切り替えてデスクに置く。

「室長、ミョウジです」
『事件の概要は今秋山君から伺いました。まったく、タイミングが悪いですね』

回線を通しても玲瓏な声が情報室に響いた。

「どのくらいで戻れますか?」
『ふむ。ここから東京まで、力を使えば一時間半といったところですね』

一時間半。
秋山は胸の内で反芻する。
福岡から東京まで移動する場合、一般的に考えればそれは飛行機の搭乗時間だ。
搭乗機の手配から空港までの移動時間等を全てカットし、王の力で空を駆けるという宗像の手段はまさに最短と言えるだろう。
しかしこの事件の渦中において、一時間半は長すぎた。

『それまで粘って下さいね、ミョウジ君』

宗像の口調は、常のそれと全く変わらない。
しかし、そこには僅かな憂慮の色が混じっているように聞こえた。

「室長が来るまでに片付けますから、あんたには後始末に精出してもらいますよ」

横から割り込んだ伏見の不遜な言葉に、ナマエが笑う。
タンマツの向こうで、宗像もくすりと喉を鳴らした。

『その意気ですよ、伏見君。では、また後ほど』

通信が切れる。
伏見がはんっ、と鼻で嗤った。

「それじゃ、行きましょうか」

タブレットを取り上げたナマエが、颯爽と扉に向かって歩き出す。
秋山はタンマツを懐に仕舞い、その後に続いた。



現場まで十五分、指揮情報車の中から全隊に指示が飛ぶ。

「第一小隊、現場から半径五百メートルを封鎖。第二小隊、現場警官と協力して怪我人を近隣病院に緊急搬送。第三小隊、避難した職員から事情聴取」

そこまで言って、ナマエはインカムのスイッチを切った。
指揮情報車には、特務隊が全員揃っている。
ナマエはホログラフに六人の男の顔写真を映し出した。

「六名とも前科なし、異能に関してセプター4は一切感知してなかった。能力が全員同じとなると恐らくバックに何かあるとは思うけど、そこまで調べる時間がない。とりあえず、ストレイン六名の確保を最優先に」

ナマエの指示に、全員が頷く。
すると、ホログラフが切り替わった。
現場となった東東京総合病院の院内マップだ。

「四階西病棟に逃げ遅れた職員、患者が約三十名。うち十名ほどは重篤患者のため避難にはエレベーターが必要とのことだけど、生憎エレベーターは非常停止システムが作動して使用出来ない」

見取り図の、該当箇所が赤く点滅する。

「ストレイン六名は一階から順に施設を破壊しまくって、今は二階の東病棟」

観測した蓋然性偏差を元に、ストレインの位置が緑の点で表示された。
六つの点が蠢く。

「これまでの所要時間を参照すると、ストレインが三階に上がってから三分後に接触出来る。まずは様子見といこう。各自シールドを展開し、敵の戦力を把握すること」

無茶に突っ込まないでよ、とナマエが道明寺に視線を向けた。

「それから、敵の目的だけど。こっちにも警察にも、今のところ要求はなし。考えられる可能性は三つ。一、ただ単に暴れたいだけの馬鹿。二、この病院もしくは関係者に対する私怨」

三つ目は、と首を傾げた日高に向かって、ナマエは少し苦い顔を作る。

「三、セプター4狙いの餌」

あ、と一同が固まった。
宗像と淡島の不在時に、狙い澄ましたかのようなベータ・ケース。
ベータクラスのストレイン六名による犯行など、早々起こり得る事件ではない。

「ここまでされたら、こっちも屯所を空けるしかない。剣四には警戒態勢を取るよう指示したけど、手薄の屯所を狙われたら痛い。まあ、そっちはモニターで確認しておくから、君たちはストレインの方に集中してくれればいい」

示唆された可能性に、車内の空気がさらに張り詰めたものとなる。
それを受けて、ナマエがへらりと表情を崩した。

「ま、そう気負わずに。腹ごなしだと思っていっちょ遊んでおいで」
「ナマエさぁん……俺昼メシまだですってば」

状況にそぐわないナマエの指示と日高の情けない声に、場の雰囲気が和らぐ。
伏見が小さく舌を鳴らした。

「ミョウジさん!」

その時、ナマエの後ろでモニターを監視していた情報課の隊員二名のうちの一方が声を上げる。
モニターの中で、緑の点がじわじわと上に移動していった。
二階から三階に上がったのだろう。
時間を確認したナマエが、予定通りだと笑った。

「伏見さん。全体指揮と後方支援はこっちで受け持ちます。現場の戦闘指揮は伏見さんに任せます」
「分かった」

伏見が軽く顎を引くと同時に、車両が停止する。
最後部に座っていた榎本と布施がドアを開け放った。
隊員たちが次々と車両から飛び降りる。
秋山も、左腰のサーベルを確かめるように按じながら立ち上がった。
ちらりとナマエを振り向けば、後ろ手をひらりと振られる。
秋山は僅かに唇を緩め、アスファルトの上に降り立った。







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