相互性幸福論[1]
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近付いて来る気配が四つ。

「メシ、一緒に食ってもいいっすか?」

予想通りの声と、その内容。
顔を上げれば案の定、テーブルを挟んだ向かいにずらりと並んだ後輩たちの姿。

「どーぞ」

笑って見せれば、目の前の四人がそれ以上の笑みを浮かべた。

ナマエの隣に榎本が、向かいに布施、五島、日高がそれぞれランチのトレーを置いて腰掛ける。
皆が何を思って相席を申し入れたのか、理由など聞くまでもなかった。

ナマエの誕生日を祝う、という名目で設けられた飲み会の翌々日。
この二日間、この四人とさらに加茂、道明寺を含めた同僚たちからの好奇心に満ちた視線はなかなかのものだった。
もちろん全員ある程度の分別を弁えた大人なので、業務に支障が出るほどではない。
それは、ナマエとて事前に分かっていた。
そうでなければ秋山との交際をわざわざ公表したりはしなかった。
しかし、ふとした空き時間や勤務後の自由時間、興味津々とばかりの視線は遠慮なく注がれていたように思う。
仕方のないことだった。

「あの、ですね、……聞いても、いいっすか?」

目の前のかつ丼に箸をつけることもなく、日高が好奇心に躊躇いを混ぜて問い掛けてくる。
どうせいつか洗いざらい話すことになるのなら、それは早い方が良かった。
人間、絶妙に隠されるから興味が湧くのだ。
一度見せてしまった以上、早々に全て曝け出してしまった方が手っ取り早く事は落ち着くだろう。
幸い、周囲に他の隊員の姿はない。

「はいはい。何でも答えるから好きに聞きなさい。制限時間は……四十分。はいスタート」

食堂の時計を見上げて質疑応答タイムの開始を告げれば、後輩四人が揃って顔を輝かせた。
職場の同僚同士の恋愛に興味を抱く、という点では、彼らもまだ若い。
ナマエは食べかけのオムライスにスプーンを突っ込んだ。

「秋山さんと、付き合ってるんですよね?」
「ん、そう」

まずは前提の確認を、とばかりの榎本。
ナマエは間髪入れずに肯定した。
焦らす意味はないし、今更そんな質問に羞恥を感じるほど初心でもない。

「いつからっすか?」
「えーっと……八、九ヶ月前くらいかな?いや、十ヶ月かも」
「えっ?!そんなに?!」

ナマエの曖昧な答えに、四人が揃って仰け反る。
なんとも面白い反応だった。

「そんなに長いんだ……全然気付きませんでした」

布施曰く、秋山がナマエのことを好きなのは周知の事実だったが、その逆は全く感じ取れなかったという。
そうだろうな、とナマエは苦笑した。

「ナマエさん、全っ然分かんないっすね。え、マジで秋山さんのこと好きなんすよね?」
「そうだよ」
「……その、あの態度で、ですか?」
「どういう意味かなあ」

本当は、言いたいことなど分かっている。
職務中にあれだけ平然としておいて、という意味だろう。

「だってなんか、全然興味なさそうっていうか。他の人に対する態度と何も変わらないっていうか」
「私はね日高。仕事にプライベートを持ち込まない主義なんだよ」

だとしたら完璧すぎる、と日高が唸った。

「告白は、秋山さんからですか?」
「うん、そうだったね」
「それで、オーケーしたんですか?」
「そういうことになるねえ」

この場に秋山がいたら、間違いなく顔を真っ赤にして半泣きになっただろう。
秋山は羞恥心を煽られると弱い。

「ミョウジさんも、その前から秋山さんのことが好きだったんですか?」
「いや、特にそういう見方はしてなかったなあ」
「告白されて、意識したってことですか?」
「うんまあ、そんな感じ」

嘘をつく気はないが、だからと言って馬鹿正直に答える必要もない。
ナマエは流されるままに妥当な線で手を打った。

「……秋山さんの、どういうところが好きなんすか?」
「別に、ここが、ってものはないけど?」
「え、でも、好きなんすよね?」
「日高ぁ、その辺は察しなさい。質問に答えるのは吝かじゃないけど、惚気話する気はないんだから」

ナマエの答えに、一瞬惚けた日高が次いで頬を赤らめる。
初心な反応に、ナマエはオムライスを咀嚼しながら微かに笑った。

「なんか、意外でした。ミョウジさんと秋山さんが、って。普段、特別仲が良いようには見えないので」
「そりゃ、仕事中は同僚の一人だからね。秋山も榎本もあんまり変わんないよ」
「それって凄いっすよね。だってナマエさん、今日まだ一回も秋山さんと喋ってないっすよね?」
「そんなことチェックする暇があるなら真面目に書類書きなさいよ日高」

すいません、と日高が情けない笑みを浮かべる。
朝から何度伏見の怒声を聞いたことか、ナマエは頭が痛かった。

「秋山さんって、プライベートだとどうなんですか?」
「プライベート?それは君たちも知ってるでしょ」
「そうじゃなくて。秋山さんて、恋人の前だとどうなるのかなあ、って」
「ああ。それは本人に聞きな」

まさか、一週間に一回は泣くような情けないへたれだと暴露するわけにもいかないだろう。
流石のナマエも、秋山の名誉を守ってあげたい気持ちは持ち合わせている。
特に、秋山を慕う後輩たちの前では。

「あっ、もしかして!三ヶ月前くらいに、秋山さんと飲んでたら突然いなくなったことがあったんすけど、あの時の電話ってナマエさんっすか?」
「……ああ、そうだね」

日高の言葉に検索をかけた過去。
確かに、秋山が飲みに行っていることを知らずに電話を掛けたことがあった。
別に帰って来いと言ったわけではなかったのに、秋山はなぜか飲み会の席を抜け出し全力疾走でナマエに会いに来たのだ。

「ああ、だから秋山さんあんなに慌ててたんすね。店のサンダル履いて帰っちゃって。弁財さんが、呆れながら秋山さんの靴回収したんすよ。弁財さんは知ってたんすもんね?」

弁財と伏見が以前から知っていたことは、先日ナマエと秋山が中座した飲み会の席で明らかにされたらしい。
ナマエはそれを弁財から秋山伝いに聞いていた。

「弁財さんは、秋山さんに聞いたって言ってたよね。でも、伏見さんはだんまりで。伏見さんにはミョウジさんが話したんですか?」
「んーん、伏見さんは気付いたよ」

おお、と四人がどよめく。
確かに、大した観察眼だとかつてナマエも驚いたものだった。

「んふふ、やっぱり伏見さんは凄いんだねえ」
「何で分かったんだ?俺、全然気付かなかったのに」

ナマエは、それこそ秋山が居酒屋のサンダルを履いて慌ただしく帰って来た日のことを思い出す。
それが即ち、伏見に秋山との交際を指摘された日でもあった。






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