勘違いの喜悦に酔う[1]
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それは、いつもと変わらない朝だった。

各自出勤し、眠いとぼやく道明寺を加茂が窘め、気怠げな雰囲気を纏った伏見がキーボードを叩き、日高と布施が昨夜興じたゲームの話題に花を咲かせ、背後から弁財の咳払いが飛ぶ。
相変わらずの光景を微かに笑いながら眺めている夜勤明けのナマエを、秋山はこっそりと見つめた。
ここ数日ナマエの夜勤が続いており、なかなか話すことが出来ていない。
しかし今日のナマエは非番のため、秋山の仕事が終われば部屋で会えるはずだった。
早く夜になればいいのに、と焦がれる想いを何とか頭の片隅に追いやり、パソコンを起動させる。

「じゃあ上がりますね、伏見さん」
「ああ」

伏見に一通りの引き継ぎを終えたナマエが、タブレットを片手に椅子から立ち上がったその時。
情報処理室の扉が開いた。

「おはようございます」

朝だろうが夜中だろうが、全く変わることのない静謐な声音が響く。
伏見とナマエを除く全員が反射的に立ち上がった。

「おはようございます!」

扉を開けて入ってきた宗像に、揃って敬礼。
にこやかに見えなくもない笑みでそれを受け取った宗像を見て、皆があれ、と内心で首を捻った。
常ならばその背後に控えているはずの淡島の姿がない。
隊員の疑問は宗像に筒抜けだったらしく、答えはすぐさま与えられた。

「実は淡島君が体調を崩してしまいまして。本人は頑なに問題ないと言い張っておりましたが、大事をとって今日は休んで頂くことにしました」

宗像の視線が、すっと伏見に向けられる。

「大変かと思いますが、今日一日はこの人員でお願いします。もし明日以降にも支障を来すようでしたら、その際は勤務体制を調整しますので」

チッと漏れた舌打ち。
それを承諾と受け取り、宗像は微笑んだ。

「結構。それでは皆さん、今日も一日よろしくお願いしますね」

話は以上、と宗像が背を向ける。
直立したままその後ろ姿を見送っていると、扉に手を掛けたところで然も今思い出したとばかりに宗像が振り返った。

「ああ、大切なことを忘れていました。ミョウジ君」

その視線が、今度はナマエを捉える。

「今夜、ご厚誼を賜っている議員の方の立食パーティにお呼ばれしておりまして。本来は淡島君に同行してもらう予定でしたが、この通りですので代わりにご一緒して頂けますか?」

宗像がさらりと何でもないことのように告げた命令に、秋山は思わずナマエを振り返った。
ナマエが、わざとらしく苦笑する。

「そういうのは柄じゃないんですけどねえ」
「ええ、分かっていますよ。まあ、少し面倒なバイキングだとでも思って下さい」

同じように唇を緩めた宗像に、ナマエが一つ頷いた。

「助かります。パーティといってもそう堅苦しいものではありません。あまり目立ちたくないので、制服は避けましょう。略礼装で結構です」
「分かりました。何時です?」
「十九時に迎えに上がります」

そう言い残し、今度こそ宗像は情報室から出て行った。

いつもと変わらない朝だったはずが、一瞬で物珍しい雰囲気に変わる。

「副長が風邪か、珍しいな」

弁財の独白にも近い台詞に、秋山は全く反応出来なかった。

「えっ、ナマエさん室長と政治家のパーティっすか?」
「制服じゃない礼装って、つまりドレス?!」

日高と道明寺が、面白そうに囃し立てる。
ナマエは、いかにも面倒臭そうな表情で二人を振り返った。

「なーにが言いたいのかなあ、お二人さん?」

険のある口調が冗談だと分かっているのか、日高と道明寺はなおも楽しげにナマエを揶揄する。

「だって、ドレスってつまりスカートひらひらしたやつっすよね?」
「想像つかねー!」

終いには笑い出した道明寺の頭を、ナマエが手近にあったファイルで軽く叩いた。

「はいはい、余計なこと言ってないで仕事しなさい」

お疲れ、とナマエが情報室を出て行く。
秋山は半ば呆然とその後ろ姿を見送った。

パーティ。
ナマエさんが、室長と二人きりで。
しかも、ドレスを着て。

「ヤバイ、どんな感じかな。ちょっと楽しみじゃね?」
「行く前にこっち寄ってくれないっすかね」
「んふふ、普段はパンツスタイルばっかりだけど、ドレスも絶対似合うよねえ」
「セクシー系か、フェミニン系か」
「副長ならすぐに想像つくのにね」

道明寺と元剣四組の盛り上がる声が、右から左へと擦り抜けて行く。
結局その騒ぎは、切れた伏見が怒声を響かせるまで続いた。


正直、秋山にとっては何も手に付かない一日となった。
パーティとは言っても仕事の一環なのだから、仕方ないのは重々承知している。
しかし、よりにもよってナマエと宗像が数時間屯所を離れ二人きりというのは、秋山にしてみれば拷問にも等しい状況だった。
その上、制服ではなく略礼装でのパーティだという。
道明寺たちの指摘通り、間違いなくドレスだろう。
秋山が一度も見たことのない姿を、宗像が見るのだ。
これほど嫉妬心を駆られる状況があるだろうか。

昼休憩で、会いに行きたかった。
せめて宗像に会う前に、その姿を先に見せてほしかった。
しかし夜勤明けならば、日中は眠っているだろう。
夜にまた仕事が入ったナマエを起こすことなど到底出来ず、秋山は情報室で時計が十九時に向かい容赦なく進んでいくのを眺める以外になかった。






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