大切なことをひとつ
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人には得手不得手がある。

たとえば草薙の場合、飄々とした態度の裏に本心を隠し人当たり良く振舞うことが得意な反面、その内側に他人を踏み込ませるのは苦手だ。
これが十束になると、相手の懐にすんなりと入り込む技術に長けているが、なにぶん楽観的すぎるので後先を深く考えない行動のせいで相手を怒らせてしまうことも多々ある。
そして周防はというと、独特のカリスマ性で人を惹きつける力に溢れているというのに、人付き合いそのものにおけるスキルは壊滅的だ。

これほど社交性に欠けた人間もなかなかいないだろうと、草薙は長年の友人を見て思う。
もちろん今となっては、周防が爽やかな笑みを浮かべて饒舌になっていれば気味が悪いことこの上ない。
万が一周防に笑顔で挨拶などされようものなら、草薙はまず第一にストレインの影響を疑うだろう。
そのくらい、周防尊という男ににこやかさは似合わない。
この男は、寡黙に、そして不機嫌そうに煙草を吹かしているくらいで丁度良いのだ。

人には得手不得手があり、向き不向きがある。
吠舞羅は、周防、草薙、十束というタイプの異なる三人が上に立つことで、それぞれが互いの欠点を補い合い成り立っている。
チームとしては、それでいい。

「せやけどなあ、尊」

だが、ことこの件に関してはそうもいかないだろう。
これはチームとしての話ではなく、周防個人の問題だ。
よって、言葉数少ない周防のフォローを草薙や十束が担うことは出来ない。

「こればっかりは、自分で言うしかないんとちゃう?」

草薙は苦笑いを浮かべ、カウンターの向かいを見やった。
大きな身体を持て余すようにしてスツールに腰掛けた周防が、五杯目のターキーを呷っている。
かれこれ二時間近く、事態は膠着状態だ。
おかげで草薙は、すでに店内のグラスを全て磨き終えてしまっている。
こんな日に限って、バーHOMRAは閑古鳥が鳴いていた。

「別に、ご大層なことなんか言わんでもええねんて」
「………ああ」

何度目かの草薙のアドバイスに対し、返ってくるのは相変わらずな唸り声。
チームのメンバーが聞けば震え上がりそうな低音だ。
しかし草薙は、目の前の男が決して不機嫌な訳ではないことを察している。
これは、怒っているのではない。
困っているのだ。
赤の王、周防尊ともあろう男が。

「分かってるんやったら早よしいや。もう日付変わってまうで」
「………ああ」

茫洋とした目でシェルフに並ぶ酒瓶を眺める周防に痺れを切らし、草薙は溜息と共にポケットからタンマツを取り出した。
ロックを解除してから、酒と煙草の匂いが染み付いたカウンターの上に滑らせる。
眉間に皺を寄せた周防が、タンマツに視線を落とした。

「……草薙、もう一杯、」
「あかん」

周防の注文を遮った草薙は、残り僅かとなったターキーをグラスごと素早く回収する。
そのまま、最後の一口を飲み干した。

「ちゃんと言えたら、もう一杯でも二杯でも出したるさかい」

ち、と漏らされた舌打ちごときで今さら怯むような草薙ではない。
グラスをシンクに置いて腕を組めば、周防はばつの悪そうな顔で煙草を咥えた。
指先が弾かれ、一瞬で先端に火が灯る。
いつもより大きく煙を吐き出してから、周防は渋々といった様子を隠しもせずにタンマツを手に取った。

やっとかいな。

草薙は口に出すことなく、胸の内で呆れたように呟く。
ここまで来るのに、随分と時間がかかってしまった。
だが、周防の性格を考えれば当然のことなのかもしれない。
盛大に顔を顰めたままタンマツを耳に当てた友人を見て、草薙は新しいグラスを用意しながら小さく笑った。

「………俺だ。……ああ、ちょっと借りただけだ。………ああ、」

どうやら電話が繋がったらしい。
煙草を咥えたままの周防が、苦虫を噛み潰したかのような顔をする。
ターキーのボトルを取り上げ、草薙は漏れそうになる笑い声を噛み殺した。

「……いや。………なんだ、……あれだ、」

周防の瞳が宙を泳ぎ、言葉を探すように唇が歪む。
照れ臭そうにも見えるその表情に、十束がいれば更に面白いことになっただろうにと、草薙はカメラを回す男の不在を少し残念に思った。

ボトルのキャップを開ける。
そして、最後の言葉を聞き届けてから、草薙はボトルを傾けた。


「………誕生日、だろ。………おめでとう、な」






大切なことをひとつ
- 頼むから聞き返してくれるな、と -






れいちゃんへ、愛を込めて





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