眠る君に口付けを
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「室長、ミョウジです」

ノックとほぼ同時に扉の向こうから聞こえた声に、宗像は顔を上げた。
デスクの中央を陣取っていた書類を脇に避ける。

「はい、どうぞ」

入室を促せば、扉が人一人分の僅かな隙間を作り、そこからナマエがするりと入り込んで来た。
宗像の目が、自然と笑みに細まる。

「どうしましたか?」

宗像が特別に仕立てた制服を着崩したナマエは、右手にタブレットだけを持っていた。
即座にこれが、非公式な報告だと察する。
ナマエは音を立てずに宗像のデスクまで歩み寄り、猫のように少し吊り目がちな丸い目を少し細めて宗像と相対した。

「……ほとんど、クロです」

その一言と共に、宗像のデスクにタブレットが置かれる。
そこに表示された一覧をざっと眺め、宗像はふむ、と唸った。

「後方支援部隊の中に、かろうじてセーフな人員は確認出来ました。……ですが、実戦部隊に関しては、全て切り捨てて下さい」

宗像がタブレットからナマエへと視線を移す。
ナマエの表情には何の躊躇もなく、彼女の中で既に確定事項となっていることが窺えた。

「分かりました。では、そのように手配して下さい」
「……いいんですか」

宗像が一瞬の迷いもなくゴーサインを出すと、ナマエが僅かに目を瞠る。
それを見て、宗像は少し意外に感じた。

「おや、私が君の判断を疑うとでも思っているのですか?」
「……いえ、」

僅かに外方を向いたナマエの横顔に走る、居心地の悪そうな強張り。
それを下から眺め、宗像はひっそりと笑った。
先ほど無表情に隊員の過半数を切り捨てたナマエの表情が、宗像の言葉には呆気なく綻ぶのだ。
宗像は言いようのない優越感に浸りながら、同時に、この少女にだけは感情を揺さぶられる自身に少し呆れた。
つまるところ、お互い様ということか。

「………では、」

ナマエが宗像のデスクからタブレットを取り上げ、背を向ける。
退室しようとするその後ろ姿に、宗像は声をかけた。

「ナマエ、待って下さい」

名を呼べば、ナマエが肩越しに振り返る。
その顔は案の定、盛大に顰められていた。
ナマエの唇が声を発しようとするのを、宗像は挙げた右手で制した。
何を言おうとしているのかなど、聞かずとも分かる。
仕事中は名前で呼ぶな、だ。

「ナマエ、少し休んでいきなさい」
「……はい?」

呆れたように歪んでいたナマエの顔が、訝しむようなそれに変わる。
宗像はそのまま視線を右に送り、茶室を示した。

「……何、言ってるんですか。まだ、やることあるんです、けど」

宗像は、両肘をデスクについて手を組み、その上に顎を乗せた。

「最後に仮眠をとったのはいつですか?」
「………一昨日、ですけど」

返された答えに、宗像はやはり、と眉尻を下げる。
セプター4に来るまでは、毎日宗像が苦笑するほどにずっと寝ていたというのに。

「そこで休んでいきなさい。ある程度のところで起こしますから」
「……別に、平気です」

頑なに宗像の提案を拒否するナマエを見ていると、無理をさせていることを痛感させられた。
ナマエが眠る暇もないほどの忙しさの原因を作っている張本人としては、謝るに謝れない。

「ではミョウジ君、これは室長命令です」

そう言えば、ナマエはぐっと言葉に詰まって苦虫を噛み潰したかのような顔をした。
数秒の沈黙の後、はあ、と溜息が落とされる。

「……分かりました」

渋々といった体で頷かれ、宗像は微笑んだ。
立ち上がり、ナマエを茶室に促す。
ブーツを脱ぎ、サーベルを外して畳の上に寝転んだナマエの上に、脱いだ制服の上着をかけた。

「……三十分」
「二時間です」
「………一時間」
「…分かりました、では一時間半にしましょう」

数秒の攻防は、明らかに宗像の意見を強く反映した形で幕を下ろす。
ナマエはもう一度溜息を吐き、了承の代わりに瞼を下ろした。
宗像はブーツを履いたまま畳の隅に腰を下ろし、半身を捻る。
いつものように身体を丸めて小さく眠るナマエを見下ろし、その頭を優しく撫でた。
すう、と溶けるように眠りに落ちたナマエの小さな息遣いを感じながら、柔らかな感情に浸る。
昼下がりの執務室。
愛らしい仔猫の毛並みを整えるように撫でていれば、自然と心が休まった。



宗像が再びデスクに向かっていると、静寂を切り裂いたノックの音。
宗像が視線を右に走らせれば案の定、ナマエが音もなく上体を起こしていた。

「室長、淡島です」

ナマエが竹の仕切り越しに宗像を振り返り立ち上がろうとするので、宗像は小さく首を振る。

「眠っていなさい」

そう囁いて微笑めば、ナマエはこくりと頷いて、先ほどと同じ体勢に収まった。
それを確認してから、扉の向こうに声をかける。

「どうぞ」
「失礼します。室長、撃剣機動課の訓練についてご確認、」

折り目正しく入室してきた淡島は、宗像を見、そして畳の上で眠るナマエに気付いて驚いたように言葉を飲み込んだ。

「構いません、続けて下さい」

宗像が続きを促すと、淡島は慌てた様子でナマエから宗像へと視線を動かす。
その顔には困惑の色が濃く乗せられていたが、淡島は躊躇いがちにではあるものの、宗像に何を聞くこともなく言葉を続けた。

「訓練メニューとスケジュールを組みましたので、ご確認をお願いしたいのですが、」
「はい、分かりました」

それでいい、と宗像は微笑む。
≪王≫に忠実である副官として、淡島は申し分なかった。

「確認しておきます。下がって結構ですよ」
「はっ、失礼します」

姿勢正しく一礼し、淡島が退室する。
その姿を見送りながら、宗像は視界の端にナマエの姿を捉えた。
宗像の制服の下、仔猫は小さくなって眠っていた。




眠る君に口付けを
- そしてまた、戦うために -



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