SIDE:D
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その姿を初めて見た時に、超可愛いラッキー、と思ったのは自分だけではないだろうと、道明寺は思う。

セプター4は、男社会だ。
庶務課などの、戦闘には一切関わらない部署には女性も多少いるが、それにしたってその数は少ない。
道明寺が身を置く戦闘部隊なんて、女性隊員は副長の淡島ただ一人。
その淡島はといえば、男に全く引けを取らない女傑で、間違っても男の庇護欲を掻き立てるような存在ではない。
美人だとは思う。
多くの男が理想とする抜群のスタイル、顔立ちも整っていて、高嶺の花と称されるような女性だろう。
だが道明寺にとって、淡島は女ではなかった。

俺はもっとこう、小さくて細くて頼りない感じで、守ってあげたくなるような子がタイプなんだよ。
あんな、竹刀で男をぼっこぼこにぶちのめすような人じゃなくてさ。
いつだったか、そんなことを加茂に話したことがある。
加茂は顔を顰めてそれを聞いていたが、最終的に、言いたいことが分からない訳ではない、と曖昧な同意をしてくれた。
もちろん、だからと言って副長に対してその言い方はやめろ、というお咎めもセットだったが。

道明寺は決して、淡島が嫌いな訳ではない。
上司として頼りにしているし、剣の腕も認めている。
だが、上から口煩く小言を言い、男勝りな態度で戦うような人ではなく、もっと可愛らしい女の子がいればモチベーションも上がるのに、と思っていたのは事実だった。
こんなことが淡島に知れれば、不謹慎だの弛んでるだのと叱られただろうが。

だから、ミョウジナマエという子を初めて見た時、道明寺は浮かれたのだ。
別に、深い意味はない。
一目惚れだとか、職場恋愛なんて面倒なことをしたかったとか、そういう訳ではない。
ただ、近くに可愛らしい女の子がいて、自分を頼ってくれたり細やかな気遣いをしてくれるなら、それはないよりある方がいいだろう、程度の意味合いだった。

日焼けを知らないような白い肌、真っ黒の長い髪。
顔は小さくパーツも小振りで、身体も華奢、を通り越してむしろ細すぎる。
隊服の上からだと正確には分からないが胸はAカップ程度だろうし、全体的な肉付きも悪い。
ちょっと強く握っただけで折れてしまいそうな、儚い雰囲気。
腰に佩いたサーベルに違和感しか感じられない姿を見て、そうそうこれだよ、と道明寺は思った。
元々は情報課の隊員だったというが、会ったことはなかった。
この、その辺りにいる一般人の女よりも余程頼りなく見える少女をなぜ特務隊所属とするのかは分からなかったが、それは宗像の判断だ。
道明寺にとって宗像礼司という王は良い意味で頭のおかしな男なので、その判断に対しいちいち首を突っ込むつもりなんてない。
とりあえず、念願の可愛い女の子が職場に現れたのだ。

「ナマエか。俺はね、道明寺アンディっての。よろしくな」

これからは、このむさ苦しい毎日も少しは麗しいものとなるだろう、という道明寺の期待はしかし、超可愛いラッキー、の直後に敢えなく散った。

「………………名前、呼ばないで、下さい」

それが、照れて恥ずかしそうに言われた台詞だったならば、可愛い、と思えただろう。
今時、名前を呼ばれただけで照れる子など滅多にいない貴重な存在だ。
だが、ナマエの声に照れや恥ずかしさなどといった要素は全く見当たらず、かといって嫌悪感といったものもなく、淡々としたものだった。

「……あーーっと、なんかごめん?」

予想外の反応に戸惑い、疑問符を浮かべてとりあえず謝ってみた道明寺の視線の先。
ナマエはちらりとも目を合わせることなく、挨拶は済んだとばかりに立ち去った。

「…………あれ?なにこれ俺、嫌われてる?」

思わず振り仰いだ隣、加茂はいつもの無表情に少しだけ苦笑を滲ませて肩を竦めている。
加茂は、初対面の女の子に嫌われるなんて初めてだ、と拗ねる道明寺を宥め、仕事に戻った。


その日一日で道明寺も、ミョウジナマエという人間の表面的な部分は理解した。
どうやら道明寺が嫌われているという話ではなく、ナマエは誰に対しても素っ気ないらしい。
誰が話しかけても最低限の返事しかしないし、自ら誰かに声を掛けるなんてこともない。
窓際に置かれた椅子に膝を折って座り、ずっと無言でキーボードを叩いている。
何をしているのか道明寺には全く理解が及ばなかったが、とにかく何か凄いらしい、ということは分かった。
恐らくは、その情報処理能力を買われて、情報課から特務隊に引き抜かれたのだろう。

人が嫌いなのか、話すのが苦手なのか、ナマエは同性である淡島とも仕事上最低限の会話しかしない。
笑うこともなければ怒ることもなく、その表情は全く動かない。
その目は誰も映さず、ひたすらにPCの画面に視線を走らせるばかりだ。
なんだか妙な子だな、というのが、その日の終わりに出した道明寺の結論だった。


その後数日経っても、ナマエの態度は全く軟化しなかった。
これが男であれば、いくら実力主義のセプター4とは言えども、最低限の礼儀と交流は必要だと説くことも出来ただろう。
もちろんそれは、道明寺ではなく淡島や秋山の役目だが。
しかし相手は女の子だ。
書類上、道明寺よりもナマエの方が一つ年上なのだが、外見ではむしろ逆に見える。
特務隊の他の面々にとっては年下の女の子であり、皆扱いに困っている様子だった。

最低限の受け答え、しかも呟くような喋り方。
笑顔も愛想もなく、ひどく素っ気ない。
普通ならば、感じの悪い奴だな、と苦手意識を持っただろう。
だが道明寺にはなぜかそう思えなかった。
道明寺が優れていると自称する己のシックスセンスが、告げていたのだ。
まるで、手負いの猫みたいだ、と。


特務隊発足から、約三週間。
その頃にはもう、ナマエを除く特務隊の中で彼女についての情報交換が日課となっていた。
大抵、その会合場所は浴場だ。
今日は眠そうだっただの、どんな仕事をしていただの、ナマエに関する情報が行き交う。
その日一番のスクープは、弁財がナマエにココアを飲ませることに成功した、というものだった。
秋山が淹れたコーヒーや紅茶を丸っきり拒否していたナマエが、弁財の淹れたココアを飲んだという。

「そうか、甘いものが良かったのか……」
「ああ、それに、かなりの猫舌みたいだ」

目に見えて落ち込んだ様子の秋山と、どこか自慢げにナマエの好みを語る弁財を見て、道明寺はなるほど、と思い至った。
女の子は甘いものが好き。
言われてみれば、多くの場合に当てはまる基本中の基本だ。
次の非番の予定は決まったと、道明寺は意気揚々と風呂から上がった。



「ミョウジ、これ、食べない?」

そして数日後。
非番の道明寺は外から帰るなり私服のまま情報室に足を運び、小さな箱を中身が見えるようにしてナマエに差し出した。

「……………ケーキ?」

打鍵音が止まり、箱の中を覗いたナマエが首を傾げる。
中には、ガトーショコラとチョコレートムースのケーキが入っていた。
ココアが好きなら、チョコレート系のケーキも好きだろう、と踏んだのだ。

「……………食べ、ます」

しばらくの沈黙の後に返された答えに、道明寺は内心でガッツポーズを決める。
猫に餌付けをする気分だった。

「俺も一緒に食べていい?」

このチャンスを逃さないように、と前のめりになれば、ナマエは小さく頷いてテーブルの上に広がっていた書類を纏め、スペースを作ってくれる。

ああ、なんだ、いい子じゃん。

道明寺は奇妙な温かさを感じながら、ナマエの向かいに腰を下ろした。
ナマエはほとんど顔を上げない。
でも、ガトーショコラを頬張る姿は、道明寺の勘違いでなければ少しだけ嬉しそうに見えた。






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- 道明寺アンディの場合 -




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