SIDE:A
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軍人という生き物は、直感を大事にするという。
いわゆる、己の第六感というものだ。
それを過信してはいけないが、無視してもいけない。
第六感は絶対ではあり得ないが、死と隣り合わせの戦場に於いて、己が身を助けるものだ、と。
秋山は、書物で読んだことがあった。
だが、それを実感したことはなかった。

国防軍という組織の実情は、その名から連想される職務内容と大きく異なる。
国を守るなどという大義名分を掲げてはいるものの、実際に守っているのは薄汚い政治の中枢を担う古狸であったり、諸外国を威圧するための見せかけであったりと、生来の意味での国防とは程遠い。
繰り返される訓練と、合間に挟まる災害時の救助活動。
無論それらは大事な使命であり、忠実であるべき職務だ。
だがそれにすら様々な思惑が絡み合い、全ては敷かれたレールの上。
直感なんてものを信じずとも、戦っているつもりになっているだけの、茶番劇。

無意味と思っていたわけではない。
必要なことだと思っていた。
訓練を重ね、腕を磨き、実力をつける。
単調に繰り返される、感覚とは程遠いマニュアルと日常。
入隊前に夢見た「正義の味方」などという青臭い思想は疾うに失われ、ままならない現実への不満を胸の底に仕舞って蓋をし、見ないふりをしていた。

そんな秋山の日常に、変化は突然訪れた。


「君たちが、秋山氷杜君と弁財酉次郎君ですね」

唐突な不自然さで目の前に現れたのは、一言で言うと青い男だった。
軍とも警察とも異なる、騎士のような青い制服。
左腰にサーベルを佩いて悠然と微笑むその男は見たところ秋山と同じくらいの年齢に感じられたが、異様な落ち着きと、それに相反する恐ろしいまでの威圧感があった。

「君たち二人を、セプター4に歓迎します」

あの瞬間こそがまさに直感だったのだろうと、秋山は後になって思う。
隣に立つ弁財と、目を見交わすことさえしなかった。
秋山と弁財は直後、何の迷いも疑問も差し挟む余地なく頷いていた。
王の臣下へと下ったその時、不思議な感慨が沸き起こった。
この先一生、何があったとしても絶対に、この瞬間を忘れないのだろう、と。
そう思うと、胸の奥底に仕舞っていた青臭い小さな炎が、静かに爆ぜた。




「では、迎えに上がりましょうか」

そう言って宗像が椿門を後にするのを見送ってから、ナマエは二人分の入隊に関する書類云々を整えた。

この二名に関する情報を洗って下さい、と宗像に指示されたのは、宗像が青の王となってから数日後のことだった。
示されたホログラフには、二人の青年の写真が浮かんでいた。

「名前から家族構成、学歴経歴、戦闘・身体能力、プライベートに至るまで。全てを隈なく調べ上げて下さい。手段は問いません」

王様の命令にナマエは諾と頷き、翌日に二人分のデータを印刷して宗像に提示した。
しばらくそれを眺めていた宗像はやがてふむ、と頷き、手回しを、と微笑んだ。

「軍に裏から手を回すの、ちょっと時間かかります、けど」
「どのくらい必要ですか?」
「……三日、下さい」
「充分です、それでお願いします」

一向にぶれることのない宗像の姿勢に、ナマエが目を細める。
それを見て、宗像は眼鏡のブリッジを軽く押さえた。

「大丈夫です、焦ってはいませんよ」
「……それは、知ってます」
「おや、ではどうしてですか?」
「……別に、何でもないです」

そう答え、ナマエは宗像に背を向けた。
そのまま執務室を出て行こうとしたところで、背後から呼び止められる。

「ナマエ」
「ちょっと、いま仕事中、ですよ」
「ナマエ、こちらに」

ナマエが咎めても宗像は聞く耳を持たず、剰え座っている椅子を少しデスクから離して両手まで広げてみせるものだから、ナマエは自分が真面目な対応を心掛けているのが馬鹿馬鹿しくなって溜息を吐いた。
そのままデスクを回り込み、宗像の膝の上に飛び乗る。
ぽすん、と胸板に頭を預けてみれば、両腕に身体を拘束された。

「その書類によると、今現在二人に恋人はいないそうですね」
「………は、あ……そう、ですね」

突然降ってきた言葉に、ナマエは曖昧に頷く。
確かに身辺調査の結果、秋山氷杜、弁財酉次郎共に現在交際している相手は確認出来なかった。
それがどうかしたのか、と首を傾げ、宗像を見上げたナマエの視線の先。

「その情報は、君が知りたくて調べたのですか?」
「………は?……いやだって、洗いざらい調べろって、」
「気に入りませんね。確かに二人とも優秀ではありますし、顔立ちも整っているとは思いますが」
「いやだから、室長が調べろって言ったから、調べただけで、」

ナマエの反論など、宗像はまるで聞いていなかった。
面白くない、という感情を隠しもせずに顔に張り付けた宗像の右手が、ナマエの首を這う。
チョーカーをなぞられ、ナマエは思わず首を竦めた。

「ちょ、……し、つちょ……っ」
「名前で呼んで下さい」
「仕事、中だって、さっきから、」
「ナマエ。名前を」

嫣然と微笑んだ宗像に見下ろされ、ナマエは小さく息を詰める。
レンズ越しに、細められた紫紺の瞳がナマエを捉えていた。

「……礼司さん」

仕事中は、室長と呼ぶ。
二人で作ったはずのルールを破るのは、そのルールが出来上がってからまだ一週間と経っていないというのに、もう何度目のことか。
ナマエは呆れた。
だが、名前を呼んだ途端に顔の周りに花が咲く勢いで嬉しそうに微笑む宗像を見るのは、嫌いではなかった。
だが、いつまでもニコニコと笑われるのは鬱陶しい。
特に、今は。

「…………もう、戻りますよ。三日が四日になったら、困る、でしょ」

そう言って宗像の膝の上から降りれば、宗像は残念そうに眉を顰めたものの、それ以上引き留めようとはしなかった。
よろしくお願いします、という宗像の声に見送られ、ナマエは室長室を辞した。




そして、三日後の今日。

宗像は、ナマエが秘密裏に調べ上げた二人の青年を連れ、椿門へと帰還した。




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