[5]いつかの君へ
bookmark


生まれた直後に異能の力を発現させたナマエは、そのまま別室に拘禁された。
ナマエは自らの力の暴走に巻き込まれ、そこで死んだことになっている。
そのナマエを引き取ったのが、とある研究施設だった。
もちろん、公然とした施設ではない。
そこは、ストレインを王にするための研究を行っている施設の一つだった。

王に選ばれる条件は何かという点において、未だその答えは存在しない。
研究者たちの間で、意見は科学的なものから宗教的なものまで様々だ。
ある者は運命だと言い、ある者は石盤の気紛れだと言い、ある者は前世の行いだと言う。
ナマエの引き取られた施設では、限界を超える能力の発現により王を生み出すことが出来るのではないかと考えられていた。
ゆえに、ナマエは幼い頃から施設の一室に閉じ込められ、ひたすら情報を与えられ続けた。
それらをただただ記憶し、脳に蓄積していく作業。
それが何年も続いた。
やがて研究者たちは、器の強化と称して被験者たちに戦闘訓練を強いた。
朝起きて、冷えた食事を押し込み、文章や数列を記憶し、研究者に呼ばれて問答し、訓練を受け、再び床で眠る。
毎日同じことの繰り返しだった。

それが突然変化したのは、二年前。
それまで空座だった赤の王に周防尊が据えられた時、研究者たちは指針を変えたのだ。

いくら異能を使用しても、ナマエを含む、施設に集められた被験者たちの蓋然性偏差は上がらない。
空位だった赤の王に狙いを定め、被験者たちに戦い方を叩き込んだというのに、目論見は見事に外れた。
研究者たちは焦れた。
このままでは、王には到底なり得ない。
今残っている王位は、青の王ただ一つ。
その空位に新たな王が立つ前に、施設で王を創り出さなければならない。
そこで彼らは、被験者たちを追い詰めた。
生命の危機を感じれば、無意識のうちに制御された力が解放されるのではないか。
平たく言えば、火事場の馬鹿力を期待したのだ。
研究者たちによる、ナマエへの虐待が始まった。

食事を長期間に渡って抜いてみたり、水の中に沈めてみたり、高所から落としたり、暴力を振るったりと、肉体的にも精神的にも甚振り続けた。
限界まで追い込めば、きっと能力が爆発する。
その瞬間こそが、王に選ばれる時だ、と。

「………研究者たちの考えは、……半分、当たりました」

能力は、爆発したのだ。
ナマエの異能は記憶することであって、決して破壊や暴力を司るものではない。
しかしエネルギーの暴走は異能の発現方法すらも捻じ曲げ、大爆発を起こした。
それは、生まれた直後の暴走と同じだった。
しかし、ナマエが王になることはなかった。
ただ、施設の一部が爆発で吹っ飛んだだけだった。

「………それで、あの日……」

ナマエは、逃げた。
行くあてなどなく、目的もなく、どこを走っているのかも分からず。
それでも、逃げた。
追いかけてくる影に怯えながら、痛みに呻きながら、それでも逃げた。
エネルギーの暴走に伴い、視力を失った。
それでも逃げ続けた。
そして数日後、力尽きて気を失った。

それがあの日、宗像に拾われた場所だった。


全て話し終えたナマエは、温くなったホットミルクを一口飲んだ。
鮮明に思い出した恐怖を、少しだけ和らげてくれる甘さだった。

ブランケットを頭の上から被り、小刻みに震えるナマエを見て、宗像は全てを理解した。
ずっと、疑問に感じていたのだ。
なぜ、幼い頃からずっと施設にいた様子なのに、壊れなかったのだろうか、と。
その理由が判明した。
虐待を受けていたのが幼少期からではなく、ここ二年間だったからだ。
そうではない状態を、知っていたからだ。
だからナマエは、壊れなかった。
壊れてしまうことが、出来なかった。

「……ナマエ、」

宗像が名を呼ぶと、ナマエの肩が小さく跳ねた。
だがそれは、以前のような他人に対する恐怖ではないように見えた。
ナマエがいま怯えているのはきっと、喪失だ、と。
宗像は、そう確信していた。

「私は今から、とても身勝手なことを言います。……君がそれを、許してくれることを願います」

宗像の言葉に、気を引かれたのだろう。
ナマエが顔を上げた。
血の気のない、日に焼けたこともない、白い肌。
闇を見続けた漆黒の瞳が、恐る恐る宗像を見ていた。

小さくて細い身体に、全てを抱えて。
痛い、苦しい、寒い、お腹が空いた、つらい、と。
叫び続けたのだろう。
同じ経験をしない限り、他人がそれを全て理解することは出来ない。
だが宗像とて、それを想像することは出来る。
正しいか否かは分からずとも、きっと、と思考を巡らすことは出来る。

ゆえに、思う。

どれほど、消えてしまいたかっただろうか。
どれほど、生まれてしまったことを嘆いただろうか。

それでも。

「ナマエ。私は、君に出逢えてよかったと、そう思います」

え、と。
ナマエが目を瞠った。

「君がそれでも、生きていてくれてよかった、と。そう思う私を、許して下さい」

宗像はそう言って、ナマエの身体を抱き締めた。
ブランケットがソファに落ちる。
宗像の腕の中に難なく収まってしまう、小さな身体。
小さな小さな、宗像の宝物。
やがて、宗像の胸に顔を埋めたナマエが、小さく呟いた。

「………あり、がと……礼司、さん」

それを聞いた宗像は、いつか。
いつかナマエが、生きていてよかった、と。
そう言えるようになるまでずっと傍にいようと、固く誓った。




prev|next

[Back]
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -