[4]明かされる過去
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逆上せてしまわないように、と温めに設定された湯船の中、宗像の予想通りナマエは身体をガチガチに強張らせて宗像の腕に縋り付いた。
温かい湯の中にいるはずなのに、その顔は真っ青だ。
宗像が危惧した通りに怯える様子は見ていてあまりに痛々しく、宗像は湯船でリラックスするどころではなかった。

こんなに怖いのに、こんなに嫌なのに、宗像のためにと提案してきた。
宗像には、それだけで充分だった。

「ナマエ、今日はこのくらいにしておきましょう」

湯船に浸かってから三分と経たないうちに、宗像はナマエをお湯の中から引っ張り出した。
一歩、大きく前進したのだ。
これから毎日、少しずつ慣らしていけばいい。
一度にたくさん無理をする必要はない。
湯船から出てもなお身体を硬くしたナマエの身体を手早く洗い、宗像は早々にバスルームを後にした。

ホットミルクを入れ、マグカップをナマエに手渡す。
ナマエはソファの上で頭からブランケットを被り、膝を抱えて座っていた。
宗像はそのすぐ隣に腰を下ろし、ブランケット越しにナマエの頭を優しく撫でる。

「よく頑張りましたね、ナマエ。ありがとうございます」

ナマエは躊躇いがちに顔を上げ、小さく謝った。

「………もう、大丈夫だと、思った……のに、」

ここには宗像がいる。
宗像しかないない。
ナマエを苦しめるものは何もない。
そう信じていたから、トラウマを克服出来ると思った。
何よりナマエは、宗像のために何かしたかった。
料理も、洗濯も、掃除も、全て宗像がしてくれる。
それどころか、ナマエのために心を砕き、ナマエが少しでも楽しく過ごせるようにと気遣ってくれる。
いつも隣にいて、ナマエが怯えれば大丈夫だと手を握り、ナマエが震えれば寒くないからと抱き締め、ナマエが何かするたびに頑張ったと褒めてくれる。
自分のことを後回しにしてまで、宗像はナマエのためを思ってくれる。
そんな宗像だから、ナマエは何かを返したかった。
でも、自分に出来ることなんて何もない。
家事をどう手伝えばいいのかも分からないし、いくら迷惑をかけないようにしようと心掛けてみても、宗像は難なくそれを見抜いて手を差し伸べてくれる。
そんな悩みを持て余していた時、偶然見つけたのだ。
湯船につかると疲れが取れる、という文章を。
これなら、と思った。
もうきっと、怖くないから大丈夫だと、そう思ったのに。
実際は、そうじゃなかった。

「何を謝っているのですか、ナマエ。君はよく頑張ってくれました。怖かったでしょう」

怖かった。
頭を押さえ付けられ、無理矢理沈められた記憶が鮮明に蘇った。
苦しくて、つらくて、嫌だ、と。
そう思ったら、怖くて堪らなくなった。

「無理をする必要はありません。少しずつ、ゆっくりでいいんですよ」

宗像の手が、ナマエの頭を撫でる。
それは、ナマエを無理矢理水の中に沈めた手ではなかった。
ナマエを闇の中から救い出してくれた、大きくて温かい手だった。

「……………礼司さん、は、」

宗像がいつもナマエの過去について気を配っていることに、気付いていた。
ナマエの琴線に触れないよう、慎重に言葉と行動を選んでくれている。
過去を問い質すことなく、過剰に反応することもなく。
でも、常にナマエの経験したことを想像し、それを思考の根底に置いてナマエと接してくれる。
ナマエはそれを、知っていた。

だから、話してしまおうと思えた。
全て聞き終えた宗像が、どのような反応をするかは分からない。
予想よりも遥かに面倒だと感じて、手を離されるかもしれない。
でもナマエはこれ以上、宗像が苦しそうにナマエの過去を推し量ろうとする姿を見たくなかった。

だから、ありのまま全てを話した。

「………礼司さんは、……石盤を、知ってますか?」

これで受け入れてもらえなければ、もう、ここに居場所はない。
この世に、ナマエの居場所はない。
そう、分かっていた。

「石盤とは、ドレスデン石盤のことでしょうか」

そうでしたら多少の知識はありますが、と言った宗像を見て、ナマエは場違いにも少しだけ喉を鳴らした。
やはりこの人は、飛び抜けて頭が良い。
宗像の言う多少は、一般の多少とは訳が違うということを、ナマエはすでに知っていた。

「……じゃあ、……ストレイン、も……?」
「Ex-Aとそのクランズマンを除く蓋然性偏向能力者、といったところでしょうか」

宗像の口から学術用語が飛び出したので、ナマエは宗像がどのようなルートからその知識を得たのかを理解した。
守備範囲が広すぎるだろう、とナマエは自身を棚に上げて呆れた。

「……ストレインは、王のなり損ない、っていう説があって、」

本来、石盤が選びその力を与えるのは王だけだ。
しかし、未だその原因は解明されていないが、石盤の力は時に漏洩し、王以外の能力者を生み出す。
はぐれ能力者と呼ばれる彼らは、王には到底及ばないものの、何かしらの異能に目覚めるのだ。

「……多くの研究者が、この謎を解きたがっている。多くの研究者が、……王を創りたがっている」

宗像が、息を飲んだ。
その察しの良さに、ナマエは少し目尻を下げた。

「……まさか、君はそこにいたのですか……?」
「私、は……生まれつき、の、ストレインです」

ストレインがその能力に目覚める時期は、個体によって異なる。
幼少期から能力が発現する場合もあるし、人によっては自らの中にある異能の存在に気付かないまま生を終えることもある。

「……母胎から、産み落とされたと同時に…異能のエネルギーが、暴走し………病室を破壊しました」
「……君の、その記憶力は、」

ナマエがひとつ頷く。

「そう、です。……私の能力は、………全てを、瞬時に、そして半永久的に……記憶する、こと」




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