重ならないこの手[2]
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若松城に、官軍の部隊が迫っていた。
恐らくは明日、城下にて全面衝突となるだろう。
ここからは篭城戦である。

今宵が、最後の機会だった。

「……ミョウジ」

中身のなくなった湯呑みを、静かに盆へと戻した。
空を見上げていたミョウジが、律儀に身体の向きを変えて俺と対峙する。
洋装に改める際に俺たちと共に短く切った髪が、柔らかく揺れた。

「あんたには、随分と助けられた。これまで付き従ってくれたこと、感謝している」

ミョウジにとっては、あまりに唐突な言葉だっただろう。
彼女は目を瞬かせて俺を見た。

「斎藤組長?」

これは果たして、ミョウジにとって幸せなことだろうか。
最後まで答えは出なかった。
だが、武士として生きると言ったその覚悟の深さを、承知した上で。
俺は、ミョウジが捨てたはずの心を掬い上げたかった。

「あんたに、知っておいてほしいことがある」

故に、俺が終わらせよう。
彼女の、武士としての道を、俺が奪おう。
俺に失望してもよい、幻滅してもよい。
信じていたのにと、罵ってもよい。
だが心根の優しいミョウジは、決してこの罠を回避出来ぬだろう。

「長い間、俺にとってあんたは、最も信頼の置ける部下だった。それ以上でも、それ以下でもなかった」

卑怯な手口を、虚言を吐くことを。
許せとは言わぬ。
ただ、心の奥底にある想いを、認めればよい。

「だが、……俺は、あんたに惹かれてしまった。隊士としてではなく、女として、あんたを見るようになってしまった」

そう言えば、ミョウジは驚いたように目を瞠った。
当たり前だ。
俺がこのようなことを言うなど、彼女にとっては青天の霹靂だろう。

「……あんたは、俺のことを、どう思っている」

答えは返って来なかった。
息を呑む短い音を発したきり、ミョウジは何も言わなかった。
それでよい。
それで、よいのだ。

「土方さん、か」

その名を出せば、ミョウジの身体が小さく跳ねた。
唇が、どうして、と蠢く。
やはり、俺の推察は正しかった。
恐らくその想いは、その関係は、当事者以外の誰にも知られていないのだろう。
ミョウジはひどく動揺した様子で、視線を彷徨わせた。

「この会津の地で、ずっとあんたを見てきた。薄々、感付いてはいたのだ」

北の空を見上げる、寂しげな横顔。
揺らめく瞳の中に映る、滲んだ星々。
その視線の先には常に、土方さんがいた。

「あんたは……俺を選んではくれぬか、」

結末は、見えていた。
土方さんへの思慕、俺への忠誠。
あの時は、土俵が違った。
だが、同じ土俵に立った瞬間、ミョウジがどちらを選ぶのかは明白だった。

「……斎藤、さん……。申し訳、ありません。私……私は……っ」

絞り出された掠れた声に、ミョウジの優しさを見た。
故に、それ以上は必要なかった。

「もうよい。……すまぬ、俺とて分かってはいたのだ。ただ、伝えておきたかった、それだけだ」

心底申し訳なさそうな顔をするミョウジに、感謝の念が込み上げる。
真っ直ぐで、曇りのない心。
唐突に、土方さんのことが少しばかり羨ましく感じられた。

「戦場でこのようなことを言い出した俺に、あんたは幻滅したか」
「いいえ…!いいえ、決して……っ」

必死に首を横に振るミョウジの言葉が本心だと、良く分かっていた。
故に、こう言えるのだ。

「ならば、あんたも晒け出すとよい。たとえあんたが何を選ぼうと、土方さんは幻滅などせぬだろう」
「……斎藤、さん………それは、」

戸惑ったように、ミョウジが俺の名を呼ぶ。
その唇が俺の名を紡ぐことは、あと幾度あるのか。

「俺は明日、今日までよりも強くなれる。何故か分かるか。………護るべきものを、己で認めた故だ」

そして俺はあと幾度、ミョウジの名を呼べるのだろうか。

「ミョウジ、あんたも認めるとよい。……土方さんの隣に立てば、あんたもより強く在れるだろう」
「斎藤さんっ!」

俺が言わんとしていることを正確に理解したミョウジが、声を荒げた。
だが、もう既に逃げ道は塞いであるのだ。

「行くといい、ナマエ」

卑怯な手を使った俺を、許さなくてもよい。
誇り高き生き様を手折った俺を、恨んでもよい。

「土方さんに、ご武運を、と」

ミョウジの目に涙が滲み、その端正な顔が歪んだ。
そういえば、泣き顔は一度も見たことがなかった。
厳しい稽古にも、凄惨な戦にも。
血に塗れようが怪我を負おうが、ミョウジは常に歯を食い縛って耐えていた。
強く気高く、そして優しい女だった。

「泣くのは蝦夷に着いてからにしろ。俺があんたの涙を拭ったと土方さんが知れば、機嫌を損ねるだろうからな」

そう言って、笑みを浮かべてみせた。
ミョウジは目尻に涙を浮かべながらも、同じように唇の端を上げて微笑んだ。

それが、俺が最後に見た彼女の笑顔となった。





目の前に、官軍の部隊が広がっていた。
錦の御旗を掲げ、鉄砲を抱えた兵士がずらりと並び進軍してくる。
対して俺の後ろには、僅かばかりの兵士しかいなかった。
だがそこには、誠の旗が揺れていた。

右腰に差した刀を抜き放ち、天に向けて掲げる。


あの夜に告げた言葉のどこまでが真実で、そしてどこからが虚偽だったのか。
それは己でも、最後まで分からなかった。

確かなことは、ただ一つ。

この会津で、俺が敵を足止めしている限り。
ナマエは、北上を続けられるだろう。
彼女が土方さんの元へと辿り着く、その時まで。
俺はここで、戦い続ける。



「新選組、斎藤一。誠の旗に誓って、ここから先へは通さん!」





重ならないこの手
- 握る刀の先に、君の幸せがあらんことを -




あとがき

Mifuyuさんへ

言い訳したいことは、山ほどあるのですが。今はどうか、この余韻に浸って頂ければ、と願います。
斎藤さんが本当はどのような想いだったのか、敢えてぼかしました。何を想い、どこまで演じ、そしてどこまで晒け出したのか。解釈はMifuyuさんに託そうと思います。

設定については、色々と捏造してしまいました。すみません。
そして、これが「斎藤さんらしいやり方」ではなかったことは、重々承知しております。受け入れて頂ければ幸いです。
とりあえずの結論として、この作品においては土方さんよりも斎藤さんの方が断然格好良かったな、と(笑)。

ずっと、書きたいと思っていた番外編でした。リクエストありがとうございました(^^)










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