「 ある雨の日1 」

 四畳半の、小さな部屋。
 奈良シカマルの自室。

「なぁ…シカマル、」

 己のベッドから聞こえる弱弱しい声に、薬を調合していた手を止め、シカマルは振り返った。「どうした、裕也?」

 ベッドの中の、茶髪の少女。
 飾り気のない男の部屋の中で、秀麗な彼女は合成写真のように浮いて見える。

 彼女は、枕に顔半分をうずめながら、大きな目でこちらを見てくる。捨てられた仔犬のようだ。
 しかし、もともと白かった肌は、さらに青白くなっており、なまじ整った顔だちのため、まるで生気のない人形のようにも見える。
 彼女は、無理に笑顔を作った。へらり、と。「まだ、だめかな? おれ、さすがに退屈してきちゃったよ。チャクラ練る練習も飽きたし…、そろそろお日様の光を浴びたいなー、なんて」

「だめだ。」シカマルの即答。目線を手元の薬に戻し、作業を再開した彼は淡々と続ける。太陽は東から昇るんだよというレベルの、当然のことを言うように。
「今出たら、お前、死ぬぜ」
 
 シカマルは嘘を付くような人間じゃない。
 そのことをよく知っている裕也は、シカマルが言っているんじゃ確実におれは死ぬんだろうな、と理解した。でも、それを表情には出さない。

 彼女はまた平素の軽薄な笑みを浮かべた。
「おれはまるで、囲われたあんたのお姫様みたいだな」 




 第十一話 奈良家のお姫様






*** 狐空目線



 里全体が闇に包まれた、深夜。
 闇の中から人影が現れる。

 血のにおいを纏う、一人の若い暗部。
 左肩に炎の烙印、闇夜に映える金髪、里で一人だけの狐面、そして、面からのぞく深い空色の瞳。
 暗殺戦術特殊部隊、通称暗部の総隊長を務める、狐空。

 任務帰りの彼は、闇にまぎれながら、音も無く降り立った。
 とある名家の門の前。
 『木の葉の八大名家』の中に名を連ねる通りの、古めかしく重厚な佇まい。
 その大きな塀にある表札には、格式ばった文字で、『奈良』と書いてある。

「…」

 覚悟を決めたように彼は生唾を飲み込むと、
 スッと、手をのばす。
 雨にぬれて黒くなった塀へ。
 彼の細い指が、木造の塀に触れる。
 否、
 触れる直前。

 バチバチッ!

 強い電撃が狐空の手を襲う。
 
 暗闇の中、その電撃のようなものが、一瞬あたりを強く照らした。
 狐空を中心とする同心円状に光の波動が発生する。
 そしてまた静寂が戻る。光が死ぬ。漆を塗りたくったような闇に戻る。

「…チッ、」
 舌打ちをし、先ほど伸ばした手を抑える狐空。
 焦げ臭いニオイ。
 その手は、真っ黒に焼け爛れていた。
「…九尾のチャクラだけに反応する、高等結界か…。あいつのオリジナルか? クソッ、禁術レベルだぜ、生意気な…」

 護衛対象だった普通の非力な餓鬼のはずのシカマルが、なぜこんな高等忍術を使えるかは知らない。おおかた、彼自身の言っていたように、頭だけは良いのかもしれない。戦闘能力は無いけど、頭だけはいい、と。でも、こんな術が使えるなんて聞いてないぞ。
 謎の秘術により、九尾のチャクラだけに反応する結界が、奈良家の敷地全体を囲むように施されている。どんなに微量でも、存在するだけで反応してしまうらしく、できる限り九尾を抑えても、狐空は結界によって阻まれていた。九尾を身体から完全に追い出すしか突破する方法は無いのだろう。
 
 狐空は苦々しげに、しかし怒りに燃えるように、口端を上げる。
 ――護衛対象の分際で、どうしても、おれからあいつを引き離したいらしいな。

 それに、大人しくシカマルに囲われているあいつもムカつく。

「チッ!」
 腹いせにクナイを塀に数本ブッ刺してから、彼は瞬身の術で消え去った。

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