「 3 」

 その青年は、美しかった。
 陽光のもと燦然と輝く金糸、澄み切った空色の瞳。きりっとした大きな目。女性らしさを持ちながら青年の凛々しさも併せ持つ、美しい顔立ち。簡単にいえば、金髪碧眼の美青年というやつだ。
 身体にフィットしたつくりの彼の黒い服は、彼の美しい肢体を浮き彫りにさせていた。(後で聞いた話だが、この服は『暗部服』というらしい。)髪は長く、背中で緩く縛っている。歳は10代後半、高校生の裕也と同じくらい、というところだろうか。並んで立つと、背は裕也より高い。

 ――大木の上からずっと俺を見下ろしていたのは、こいつか。
 冷静にそう思った。

 同時に、強烈な既視感。
 ――おれは…どこかで、こいつを…?

 しかし、間もなく吐き気に襲われたので、その疑問は裕也の頭から消えてしまった。
 足元に折り重なる死体から、血が流れているのだ。辺りは凄まじい血臭にみまわれている。一瞬前まで活発に活動していた人間が、今はただのたんぱく質の塊となっている。吐き気が襲う。
 この、青年がやった。すべて。
 裕也も7人のしたが、すべて気絶させるか、手足を傷付け戦闘不能にするかの、どちらかだった。しかし、青年は首をカッ裂いた。一瞬で。しかも、彼は返り血一つ浴びていない。


「お前は、忍じゃないわりには、よくやったよ。よく頑張ったけど、30点。なんでだか分かる、よそ者さん?」


 青年が腕を組んだまま、笑顔でコクリと首をかしげた。
 裕也は苦笑し、「手厳しいなぁ」と言いつつ、分からないと述べる。
 青年は笑顔のまま答えた。


「ちゃんと息の根止めないと駄目だろうが」


 瞬間、青年の中指がピクリと動く。刹那、周りの7人の男達の身体が切り刻まれた。何が起こったのか分からない。何で切り付けられたのか分からない。青年は刀を持っていない。
 しかし、裕也があたりを見渡すと、その正体がわかった。目に見えない、鋭利な糸だった。血に染まって目視できるようになっている。
 また青年を見ると、彼はニコッと笑んできた。

 ――どうして、笑うんだろう。

 悲しげで寂しそうな眼をして、彼は顔に笑顔を貼り付ける。
 無理やり笑っている。不自然で、痛々しい。
 昔のおれみたいだ。もしかしたら、もっと酷いかもしれない…

 そうだ、思い出した。

 ――あれは、こいつだ。
 鮮烈な金色。闇の潜む蒼色。
 夢はすぐに忘れるものだが、裕也はすぐにピンときた。
 夢の中の少年は12〜3歳で、目の前の殺人鬼は18くらいだが、同一人物だと直感した。
 夢の少年がそのまま成長したら、コイツになる。

 こんな、空虚で寂しげで絶望に満ちた青色の目を、他にする人がいるだろうか。
 あの、トラウマになりかけている、強烈な悪夢。

「あの時、おれを殺そうとしたのは、あんただ」
 気付いたら、そう声に出していた。

 青年は不思議そうに訊き返す。「何? おれら初対面だと思ったけど、いつかおれお前を殺しかけたのか? おかしいな、おれの素顔を見たやつらは全員殺してるんだけど。」
 だから殲滅任務の時は敢えて暗部面外したりしてるし、と、裕也には理解できない内容を呟いた。
 ついでに彼は、また指を動かした。「後始末も俺の役目なんだ」と言いつつ、指を鳴らす。周囲の死体の上に、青い炎が出現した。そのまま死体はすべて焼かれた。骨も残らなかった。

 その青の炎がきれいで見惚れていると、
 ふと、青年の視線を感じ、振り向いた。
 やはり、青年は裕也を見ていた。まじまじと。
 こげ茶色の甘い目と、空色のビー玉のような空虚な目の、視線がぶつかる。

「いや、たしかに、そう言われてみれば、おれも…、」青年が開口する。「お前を見たことがある気がする。遠い昔に…」

「ああ、そうですか? おれは今朝見ましたけど。なんか首をカッ裂かれそうになってギリギリで避けましたよ…いやあビックリしましたよマジで」

「あーそうそう、そん時すっげぇむしゃくしゃしてた覚えが…あるようなないような。なんかもういっそ里ぶっ壊してやりてぇとか思ってた気がする。(今も思ってるけど。)

「はっはっは、相変わらずぶっそうですね〜。目を覚ました瞬間目の前の人間殺そうとするとか有り得ないですよホント

「ああオレそれよくやってたわ。ということで、」

 首元にひんやりとした鋭利な感触。
 鋭利な目。
「そろそろ殺すけど?」
「いや、まあ、そうなりますよね!」

 草木の生い茂る森の中、金髪碧眼の美青年に、刃物の切っ先を首に突き付けられた。

 もう話の流れ的にこうなることは読めた。

・簡単に人を殺す
・『おれの素顔を見たやつらは全員殺してる』発言
・で、おれは奴の素顔を目撃している(現在進行形で)

 もうこれで十分に『そうかおれはじきに殺されるな』くらいは見当がつく。少しの間のんきにお喋りできたのが逆に奇跡に思えるくらいだ。

 表情を変えない青年によって、裕也の白い首筋にあてたクナイを、ぐりぐりと軽くこすりつけられた。皮一枚が傷ついた。薄く血が流れる。

「ああ、そうそう。聞きたいことがあるんだけど。」
「はい、何ですか?」まな板の上の魚の状態の裕也は、しかし、あまり危機感の感じられない声で答えた。

 青年はニコリと笑い、無邪気に首をかしげる。
「おれは忍びだから、気配には敏感なんだ。おれ相手に隠せる気配なんてない。でも、あんたは突然、あの納屋の中に現れた。おれに気付かれずに、あんなところにどうやって現れたんだ?」
「それはおれも知りたいな〜!」
「真面目に答えろ!」

 あてられているクナイに力が入った。
 グリッと、また、刃物が少し深くなる。
 裕也は痛みに顔をしかめた。

 青年がグイと顔を近づけてきた。
 間近で見る、蒼穹の青。同時に、憎悪で澱んだ青。
 彼はその美貌を狡猾な笑みに歪ませる。
 溢れる殺気。
 耳元でささやかれる。感情をそぎ落とした、腹の底から出したような低い声。
「次ふざけたこと言ったら、マジで殺すから」

 裕也の全身にゾクリとした恐怖が走った。

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