「 出会い1 」
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それは唐突だった。
名門の全寮制男子校に通う青年内海裕也は、己の優秀な頭を以てしても理解不能な事態に、巻き込まれていた。
裕也は昨晩、自分の寝室で就寝したはずだった。無駄に金のかかった(あの学校はすべてに於いて金をかけているのだ)、ふかふかのベッドの中で目を閉じた。次に目を醒ますときには、窓から差し込む朝日に満ちた自室で起き、いそいそとベッドからはい出るはずだった。
しかし、目を醒ましたら、そこは見知らぬ小屋の中。小さな、ぼろい小屋。畑を耕すときに使う鍬や藁などが置いてある。
「……寝ぼけてんのかな、俺」
寝起きの掠れた声でつぶやいた。
第1話 出会い
裕也はその明るい茶色の髪をかきあげ、焦げ茶色の目を困惑げに細めた。
彼の顔は整っている。『美しい』というよりも、誰からも愛されるような、甘い顔立ち。ぱっちり二重の双眸はタレ目で、それがますます甘さを引き出している。肩までの髪はくせ毛で、様々な方向に跳ねている。
取り敢えず、ここを出るか。
そう思い、軽い動作で立ち上がった裕也は、違和感を覚えた。どうも、目の高さが低い気がする。背が縮んだ? さらに、制服がぶかぶかだ。ズボンの裾が地面につきそうだったので、腰パンをしていたズボンを少し上にあげ、ベルトで止めた。寝るときはきちんとジャージに着替えたつもりだったのだが。
――まぁ、最近、生徒会の仕事が忙しかったからな。俺、疲れてんのかも。
どうせこれも夢だ。醒めるまでフラフラするか。などと思いながら、小屋の扉に手をかけた。その手もまた小さくなっている。かまわず、扉を開ける。
瞬間、瞠目した。
「……これはまた、すごい展開だな」
森のど真ん中で、彼は囲まれていた。
正確には、彼の背後にある小屋ごと囲まれていた。10人くらいの、黒の集団に。なんだか皆そろって『忍者』のような服装である。さらに、裕也に向けて刃を構えている。映画にあるような、日本刀。
「おいおい、ぶっそうだな」と呟く裕也に、声がかかる。
「姫を渡してもらおうか」
「姫?」
黒の集団のなかの、一人だけやや前に出ている男だった。リーダーらしい。
しかし、姫を渡せなどと言われても、渡せる姫様なんて持っていない。話がわからない。目が覚めたらここにいただけなのに。
「何の話か、イマイチよく分からないんですけど」と正直に言うと、「とぼけるな!」と怒鳴られる。「雲の国の姫を、かくまっているだろう」、と。
本当にわからない。しかし、困惑する裕也の背後に、気配を感じた。
ハッとして振り向くと、そこには綺麗な少女が立っていた。
――うっわ、女の子なんて、何年ぶりに見ただろう。
何年間か全寮制男子校に押し込まれていた裕也は、思わずその少女をじろじろ見てしまった。とても身なりがいい。高そうな着物を羽織り、髪も地面につきそうなくらいに長い。昔の日本にいた姫様のような美少女だ。
そんな少女が、裕也の背中にぴったりと隠れた。
「お助けくださいまし」
か細い声での懇願。
これは断れない。断れないが、この物騒な男たちから果たして守りきれるだろうか。自分は丸腰だ。まぁ、先ほどから近くの大木の上で気配を消している奴が助けてくれるのなら、状況は変わるかもしれないが。
しかし裕也は、そんな内心の動揺を隠し、姫様に向き直った。両肩に優しく手を置き、安心させるように柔和に微笑む。
「お姫サマは小屋に隠れてて。(運がよければ)守ってやるから」
こくん、と頷く姫。
「いい子だ」と頭を撫でて、小屋に入れさせる。少女の残り香が鼻をかすめる。
そしてふたたび黒の集団と対峙した。その男たちが殺気立っており、本気で殺す気でいるらしいことに、いやでも気付く。「大変なことになっちまったな」とヘラリと笑った裕也に対し、先ほど彼に『姫を渡せ』と持ち掛けた男が開口する。
「守りは、貴様一人か」
「残念なことにね」
チラリと、例の大木に一瞥を送りつつ、そう答えた。
夢なら早く醒めてくれ、と切実に願いながら。
それは唐突だった。
名門の全寮制男子校に通う青年内海裕也は、己の優秀な頭を以てしても理解不能な事態に、巻き込まれていた。
裕也は昨晩、自分の寝室で就寝したはずだった。無駄に金のかかった(あの学校はすべてに於いて金をかけているのだ)、ふかふかのベッドの中で目を閉じた。次に目を醒ますときには、窓から差し込む朝日に満ちた自室で起き、いそいそとベッドからはい出るはずだった。
しかし、目を醒ましたら、そこは見知らぬ小屋の中。小さな、ぼろい小屋。畑を耕すときに使う鍬や藁などが置いてある。
「……寝ぼけてんのかな、俺」
寝起きの掠れた声でつぶやいた。
第1話 出会い
裕也はその明るい茶色の髪をかきあげ、焦げ茶色の目を困惑げに細めた。
彼の顔は整っている。『美しい』というよりも、誰からも愛されるような、甘い顔立ち。ぱっちり二重の双眸はタレ目で、それがますます甘さを引き出している。肩までの髪はくせ毛で、様々な方向に跳ねている。
取り敢えず、ここを出るか。
そう思い、軽い動作で立ち上がった裕也は、違和感を覚えた。どうも、目の高さが低い気がする。背が縮んだ? さらに、制服がぶかぶかだ。ズボンの裾が地面につきそうだったので、腰パンをしていたズボンを少し上にあげ、ベルトで止めた。寝るときはきちんとジャージに着替えたつもりだったのだが。
――まぁ、最近、生徒会の仕事が忙しかったからな。俺、疲れてんのかも。
どうせこれも夢だ。醒めるまでフラフラするか。などと思いながら、小屋の扉に手をかけた。その手もまた小さくなっている。かまわず、扉を開ける。
瞬間、瞠目した。
「……これはまた、すごい展開だな」
森のど真ん中で、彼は囲まれていた。
正確には、彼の背後にある小屋ごと囲まれていた。10人くらいの、黒の集団に。なんだか皆そろって『忍者』のような服装である。さらに、裕也に向けて刃を構えている。映画にあるような、日本刀。
「おいおい、ぶっそうだな」と呟く裕也に、声がかかる。
「姫を渡してもらおうか」
「姫?」
黒の集団のなかの、一人だけやや前に出ている男だった。リーダーらしい。
しかし、姫を渡せなどと言われても、渡せる姫様なんて持っていない。話がわからない。目が覚めたらここにいただけなのに。
「何の話か、イマイチよく分からないんですけど」と正直に言うと、「とぼけるな!」と怒鳴られる。「雲の国の姫を、かくまっているだろう」、と。
本当にわからない。しかし、困惑する裕也の背後に、気配を感じた。
ハッとして振り向くと、そこには綺麗な少女が立っていた。
――うっわ、女の子なんて、何年ぶりに見ただろう。
何年間か全寮制男子校に押し込まれていた裕也は、思わずその少女をじろじろ見てしまった。とても身なりがいい。高そうな着物を羽織り、髪も地面につきそうなくらいに長い。昔の日本にいた姫様のような美少女だ。
そんな少女が、裕也の背中にぴったりと隠れた。
「お助けくださいまし」
か細い声での懇願。
これは断れない。断れないが、この物騒な男たちから果たして守りきれるだろうか。自分は丸腰だ。まぁ、先ほどから近くの大木の上で気配を消している奴が助けてくれるのなら、状況は変わるかもしれないが。
しかし裕也は、そんな内心の動揺を隠し、姫様に向き直った。両肩に優しく手を置き、安心させるように柔和に微笑む。
「お姫サマは小屋に隠れてて。(運がよければ)守ってやるから」
こくん、と頷く姫。
「いい子だ」と頭を撫でて、小屋に入れさせる。少女の残り香が鼻をかすめる。
そしてふたたび黒の集団と対峙した。その男たちが殺気立っており、本気で殺す気でいるらしいことに、いやでも気付く。「大変なことになっちまったな」とヘラリと笑った裕也に対し、先ほど彼に『姫を渡せ』と持ち掛けた男が開口する。
「守りは、貴様一人か」
「残念なことにね」
チラリと、例の大木に一瞥を送りつつ、そう答えた。
夢なら早く醒めてくれ、と切実に願いながら。