「 第7話 邂逅 」

 そこに、先客がいたのは初めてのことだった。


第7話 邂逅



 屋上に続く扉を開ける。
 さわやかな風が頬を打つ。
 眼前に広がる大空。
 フェンスの向こう側には、火影岩が陽光を受けながら雄々しく佇んでいるのが見える。

 そんななか。
 晴天のもと、フェンスに身を預け、火影岩を眺めている人影がひとつ。
 扉からはまだ遠いので、その人影の容姿の仔細は分からない。大きさから鑑みるに、成人ではないだろう。子どもと青年の境目、といったところだろうか。

 まだ授業中の時間に屋上に来る奴なんて、俺くらいだ。
 なのに、あいつはなぜあそこにいる?
 侵入者だろうか?

 ――めんどくせぇ…

 足音を消し、気配を消し、ゆっくりと近づいて行く。
 人影はこちらに気付いていないらしく、動かない。黙ったまま里に目を向けている。
 察知されないよう気をつけながら、徐々に距離を縮めてゆく。
 うまれて初めて忍者らしいことをしている気がする。

 どうしてこんなことをしているのか、自分でも分からない。
 面倒そうなことには首を突っ込まず、見て見ぬふりをすればいいのに。
 しかし、歩み始めた足は止まらない。
 未知の引力に引き寄せられるように、火影岩を背景に佇む人影へと歩いてゆく。

 近づくにつれ、その人影の横顔が目視できるようになってゆく。
 風になびく、肩までの柔らかな胡桃(くるみ)色の髪。
 全体的に色白の肌。
 華奢な体躯。
 
 ――見たことない顔だ。

 自分で言うのもなんだが、俺は記憶力には自信がある。一度見たものは決して忘れない。だから、里の住民すべての顔と名前を記憶している。
 しかし、こいつの顔は見たことがない。
 つまり、里の住民ではない。
 やはり、侵入者か?
 いつでも『影真似の術』の印を組めるよう、手を合わせる。

 べつだん、こいつが侵入者だろうが里の外の者だろうが、俺には関係ない。面倒なことになりそうだから、関わりたくもない。屋上の扉を開けたときに、見なかったことにして、引き返せばよかったのだ。それが一番平穏に済ませられる道だった。
 しかし、俺はこの日、自分からその非日常に接触を試みてしまったのである。見なかったことにすればいいのに、その異端分子に関わろうとした。なぜか? 『日々是平穏なり』がモットーの俺を突き動かした衝動は何か?
 それは、多分、知識欲から来る好奇心だと思う。推測の域を出ないが。少なくとも、この異端分子の確認行動が、木の葉の忍としての責務からではないことは確実である。

 侵入者は、自分が捕えられようとしていることにも気付かず、まだのんきに里を眺めている。忍ではないのかもしれない。一般人か? それならますます気になる。もし一般人なら、一般人の女がどうやってこの里に侵入したのか。

 自分の持ち得る能力の限界まで気配を殺し、影真似の術の範囲内に、奴の影に近づく。
 奴の柔らかな胡桃色の髪は、陽光を受けきらきらと輝きながら、風になびいている。その髪一本一本が目視できるような距離。
 あと三歩、あと二歩、そして、あと一歩…

 瞬間、

 胡桃色の侵入者がこちらを振り返った。

 優しげな栗色の大きな目がおれを捉える。

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