「あき」


翌日、新しい同居人が増えた報告をしようと大家のおじさんの部屋の扉を叩こうとしたら声を掛けられた。


「政宗くん」

「よう、ちょうど呼びに行こうとしてたんだ」


アパートの横手から出てきたのは同じく住人の政宗くん。ジーンズに手を突っ込んでいた手を軽く上げる。応えるように手を上げて「どしたの?」と尋ねた。


「おっさんに用があんだろ?裏にいるぜ」

「ああ、いつものね」


に、と口端を上げて笑みを見せる政宗くん。別にそんなつもり本人には毛頭無いのだろうが、どうにも少し含みがあるというか悪どく見えるのは何故なんだろう。そんな事、さすがの私も言えないけれど。

…なんて、私が失礼な事を考えてるとは露知らず、私が頷いたのを確認してから政宗くんは元来た方へ踵を返す、が、ふと何かに気付いたように振り返った。

すぐ後ろを付いて行っていたので危うくぶつかりそうだったのをギリギリ回避して、「どうかされましたかな?」と、おどけた口調で長身の彼を見上げて問う。


「そいつ、お前のか?」


向けられた視線の先は私の腕、の中の存在。
自分の事だと佐助は小さな体をびくりと震わせ、毛長の尻尾を膨らます。

宥めるように緩くお腹を撫でてやれば少し落ち着いたようだった。


「もー、政宗くん顔怖いんだから怖がらせないでよ。ねー?佐助」

「…うっせ」


バツが悪そうに小声で悪態を付く彼に見えないよう笑って、顔は怖いけど良い子なんだよと佐助に耳打ちした。


「昨日拾ったの。キツネの佐助くんでーす。よろしくー」


佐助の前足をちょいちょいと振って挨拶すれば、へえ、と眼帯をしていない方の瞳に驚きの色を乗せている。珍しいなと素直に感心する彼に、珍しいといえばと疑問を投げかけた。


「小十郎さんは?いつも一緒なのに」

「裏。おっさんといる」


くい、と親指で示して、本来の目的を思い出したらしい政宗くんの後ろを付いていく。腕の中から不安そうに見上げてくる佐助を安心させるように耳を掻いた。



「あき連れて来たぜ」

「こんにちは〜」

「おおあき、よう来た」


とりわけ広いわけでは無いけれど決して狭くもない裏庭へひょこりと顔を覗かせれば既にいつもの面々が揃っていた。

縁側に座っていたのはこのアパートの大家である武田信玄さん。
初めてお会いした時はあまりの威圧感にうっかり涙が飛び出しそうになったけど、話してみればとても大らかで懐深い方だった。

大人の男性らしい落ち着いた物腰と、たまに見せるお茶目な一面がまた素敵で可愛いらしい人。実は密かに「第二のお父さん」と慕っている。恥ずかしいので本当に密かにだけど。


まあ座れと自身の隣を示す信玄さんに甘えてお邪魔しまーすと腰を下ろした。私の隣へ政宗くんが長い脚を組んで座る。


「で、元親くんは何してんの?」

「幸村の新しい小屋作ってんだと」


大きな体を屈ませて、トンテンカンテンと軽快なリズムを刻む後ろ姿に問うと政宗くんが答えてくれた。へえ!さすが建築家志望!滑らかに動く金槌がまるで体の一部みたいだよ!


「すごいねー」

「俺だってあれくらい出来る」

「どんな対抗心だよ」


ニヤリと笑む隻眼の彼に軽く突っ込みを入れて、新しい我が家の完成を元親くんの隣で今か今かと待っている幸村の名を呼んだ。

ぴくりと反応を見せてぴょんこぴょんことやって来る。私の足元でちょこんとお行儀良くお座りする幸村をいい子いい子すれば、くるんと丸まった可愛い尻尾をパタパタ振った。

豆柴の幸村は信玄さんの愛犬だ。感情豊かで素直な幸村。薄茶の毛色で、口先と後ろ前足の先が白いのでまるで白い靴下を履いてるみたい。
ちょっと落ち着きが無いのが玉に瑕だが、そんな所もひっくるめて愛らしい。


「素敵なお家が出来るといいねえ」


ふにふにと頭を撫でれば元気な返事が返ってくる。隣の信玄さんも微笑ましそうに目を細めていた。

ふんふんと私の手に擦り寄っていた幸村だが意識は私の膝にいた佐助に向いたよう。きらきらの瞳は「だれ?だれ?おともだち?あそぶ?あそぶ?」と期待に満ちているが、当の佐助は尻込みして私の服の中に潜り込んでしまった。


「こらこら、さっちゃん」


よじよじ登ってこようとする佐助を止めて、服越しに丸くなった背を撫でる。


「キツネとは珍しいのう」

「でしょ?昨日すぐそこの街灯の下でいる所を拾ったんです」


遊んでもらえないらしいと悟った幸村は飼い主である信玄さんの元へ。感情に素直な尻尾はもはや千切れそうな勢いで振られている。本当きみは信玄さん大好きだな!


「にしても名前付けんの早くねえ?しかも何だよ『佐助』って」

「いやあ…神の啓示?」

「はァ?」


盛大に呆れた顔を見せる政宗くんに笑って誤魔化せば、大丈夫か頭と心配された。大変余計なお世話である。

とことん小馬鹿にした態度を崩さない目の前の男に、この野郎年下のくせに…と思わないでも無いが今こそ年上の余裕を見せるべきなんだろう。

頑張れ私、耐えるんだ私。


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bkm
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