我が家でよく流すテレビ番組と言えば、主に佐助に合わせた教育番組やアニメ。私はあまりドラマを見ない方だが、見るとしたらコメディ色の強いものばかりだ。

恋愛モノを見ない事もないが見終わった後にドッと疲れるんだよね。見てる最中はハラハラドキドキするんだけど。そんな思いまでして他人の恋愛を見てもなあ、とそこまで冷めているわけじゃないけれど見るなら楽しいものがいい。

このドラマのメインキャスティングは前作でも共演していて毎週この時間を楽しみにさせてくれている。つまり私の中では面白さにかけて絶対的信頼をおいたキャスティング。だから、油断していた…!


「おんなのひとのおくちたべちゃった!」


まさかこんな濃厚なキスシーンがいきなり出るだなんて思いもしなかったのだ…!
我が愛しの佐助くんと2人して、楽しみだね楽しみだねと早々に夕食とその片付けを終えてドラマを見ていた。ソファに座る足の間に佐助がちょこん、がいつもの形。

テンポのいい掛け合いとドラマならではの突飛な事件。最初は声を上げて笑っていたんだけど、終盤へ進むにつれて雲行きが怪しくなってきた。事件がシリアスな展開に入り、佐助は手に汗握って食い入るように見ていたのだが私は更に別のニオイも感じていたのだ。

ドラマが好きな方なら分かるだろう。言葉に出来ない個人の感情を示す画が増え、切なげに歪められた表情の見つめる先をちらりと映す事が多くなれば。

あ、と声を出す間もなくテレビの中の男性と女性の唇が重なっていた。

前々から確かに恋愛フラグは立っていた。なかなか進展しなくてもどかしく思っていたのも事実。しかし心境としては「ついにやった!」よりも「やられた!」が大きい。

なんでコメディドラマのキスシーンがこんなに濃厚で長いのよう!

ほけー、と口をぽっかり開いて見つめる佐助の目を今さら隠すわけにもいかず、次にくるであろう攻撃に備えていた。


「なんで?どうしておくちたべちゃったの?」


ほらきたあ!
おっきなくりくりお目々はキラキラしていて純粋に訊ねているのが分かる。もし私に旦那さまがいたなら「お父さんに聞いてごらん?」とにっこり回避出来たのに。

…と、在りもしない回避方法を妄想しながら仔狐の質問に向き合う。ここで変な回答をしてしまえば汚れを知らない幼子は信じてしまうだろう。
だからと言って「恥ずかしいことなの」と逃げるのも違うと思う。

ドラマで第三者的に見るから気恥ずかしいだけであって、愛ある行為は尊いものなのだから。


「これはね、好きな人同士が気持ちを表現してるの」

「う?」

「えーっと、あなたの事が好き!私も好き!って…言葉にするより、行動に、移した…って、いう、か…」


やばい。難しいぞ。キスの説明って難しいぞ…!

しどろもどろの冷や汗ダラダラで答えていると、仔狐の耳がピン!と弾き立つ。


「すきって、おれさまとあきちゃんみたいな?」


はっとしたようにテレビにまた視線を向け、あっと声を出す。ていうかいつまでキスシーン映してんだ!


「これ、ちゅう?」

「そうそう、ちゅうなの」


指さされたそれは、「ちゅう」なんて可愛い表現が似合わない本格的なものだけどね。


「でもこのふたり、ふうふじゃないのに…」

「ちゅうにも色々あるのよ」


ドラマのエンディングを聴きながら、不思議そうにする仔狐に力無く笑って答える。

…ああ、疲れた。でも疲れはしたけど、もしここに眼帯コンビがいればさらに気まずく事態は悪化していただろう。そう考えると私だけでよかったのかもしれない。

危ない危ないと心の中で汗を拭っていると、体ごと向き直っていた佐助がそわそわと私を見上げていた。佐助の腰辺りへ回していた両腕を小さな手できゅうと握る。


「あきちゃあ…」

「ん?…ふふー」


何をして欲しいのか察して、右手で佐助の耳をこしょこしょしてから後ろ髪をそっと梳く。まんまるのほっぺにちゅ、と唇を落とせば仔狐からも頬への口付けをいただいた。

腰に回した左手で小さな体をくっと引き寄せる。割開いた幼い脚が私の腰を挟んだ。喉をくふくふ鳴らして佐助の目蓋がそっと落ちる。閉じたそこにも唇を降らせば、ふるりと細い肩が震えた。

ほっぺたをほんのりと色付けた佐助がうっとりと目を開ける。とろりとした瞳は私しか映していない。佐助はこういうスキンシップを本当に嬉しそうに、気持ち良さそうに受けるから止められないのだ。


「おくちには…?」

「おくちは…佐助がもう少し大きくなってから、かな」


たくさんキスのスキンシップを取る私たちだが、実は唇へのキスはした事がない。

佐助が狐姿のままなら気にしなかったかもしれないけど、人型になると多少気になる。もちろん、佐助とのキスがイヤだというわけじゃない。もし佐助が大きくなって、好きな相手が出来た時に、ファーストキスは飼い主と済ませちゃいました、なんて可哀想だと思ったからだ。

その旨を分かりやすく説明すると、さっきまで緩ませていたほっぺをぷっくりと膨らませてしまった。


「おれさまがすきなのはあきちゃんだよ!」

「それはもちろん分かってるんだけどね?でも佐助が大人になった時と今は少し違うっていうか」

「いまもおとなもいっしょだもん!ずっとあきちゃんすきだもん!なんでそんなこというのさ!」

「え〜ん、佐助くんこっち向いて〜」


ぷんっ!とそっぽを向いてしまった仔狐くん。ご機嫌を直すのにずいぶん時間がかかってしまい、佐助がやっとこっちを向いてくれるようになった頃にはもう疲れて睡魔の波にのまれてしまっていた。


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