あきが佐助の元へ行った後、残った元親と政宗は静かに視線を重ねた。自分の横を叩いて示す元親の隣へ腰を落ち着け、互いに小さく息を吐く。
「佐助の声、しなくなったな」
「上手くまとまったんだろ」
政宗の腕に抱かれた小太郎がそっと2人を見る。肩に置いた小さな手がきゅうと結ばれた。長い前髪に隠れているので表情は見えないが不安を抱いているのが窺える。
お前が心配する事ねえよ。赤茶の髪を撫で、ゆるく背中たたく。ぽん、ぽん、と一定のリズムを刻む手の平。小太郎の頭がゆらゆらと揺れ政宗の胸に落ち着く。次第に弛緩していく幼い体は全身を預け、いつの間にか静かな寝息を立てていた。
「こいつ本当に野良か?」
寝付きの良さに政宗は少し驚く。簡単に身を預けるのは、あきが人に慣れさせたからだと思っていた。人見知りの気はあるようだが、どうにも野良らしくない気がする。
元親も薄々感じていたようで、己の膝の上で同じく寝息を立てる元就の頭を撫でながら幼子同士の顔を見比べた。
「同じ顔してんなあ」
人に慣れ、甘える事を知った子どもの顔。
「迷子じゃね?」
2人の意見が揃った時、玄関が開く音と帰宅を告げる家主の声が聞こえた。同時に飼い主組3人を呼ぶ声。
なんだなんだと2人が向かうと、信玄の隣には小柄な翁が佇んでいた。淀んだ空気を纏う様はそこだけ色が違うように見える。深い皺はより深く刻まれ、曲がった背は歳のせいではない理由に押し潰されたのではと思わせた。思わず瞠目してしまった2人に信玄は苦笑する。
「いきなりすまんな」
「いや…で、こちらは?」
「儂の古い友人じゃ。久しぶりに会うたらこの様子でな。話を聞いてみたらどうにも他人事には思えんでの。北条の、話してみるが良いか?」
「ああ…」
名を呼ばれた翁、北条は今気付いたとばかりにハッとして、よろよろと顔を上げた。
目の前に立つ若者、政宗を淀んだ瞳で捉える。その腕に抱かれた子を見るなりみるみるうちに涙を浮かべて、とても老人のものとは思えない声量で叫んだ。
「小太郎おおお!」
「はあ?」
庭に面した部屋に家主である信玄とその隣には北条氏政。向かいには政宗、元親が座る。はて?と顎に手を掛けた信玄が口を開いた。
「あきはどうした?」
「あ。今呼ぶよ」
元親が隣の部屋に向かい暫くもしないうちに眠った佐助を抱いたあきが姿を見せる。泣き疲れたらしい佐助を、昼寝している元就の隣へそっと寝かせた。
「お待たせしました」
困ったように笑って見せるあきの頬に残る微かな涙痕。何か察したらしい信玄は小さな笑みを見せ、揃った面々を見渡した。
「既に察しておるかもしれんが」
「やっぱ小太郎、迷子だったんだな」
「うむ」
氏政に抱かれた小太郎の頬は今までに無くほんわりと緩み、あきや政宗に抱かれていた時の比にならない程、体から余分な力が抜けている。しかし翁の服を握る手だけに込められた力は、もう二度と離すもんかと言いたげだ。
いつも幼い子ども達に囲まれていれば分かる。彼らから向けられる信頼に言葉は不要なのだから。
「あんたらは…この子の姿を見ても驚かんのじゃのぉ…」
「うちにもたくさんいますから」
眠る子ども達へ視線を移すと、ほお…と氏政から小さな驚きの声が漏れる。緩く上下するぽっこりしたお腹、すよすよと寝息を立てる姿に、翁は目を細め目尻の皺を一層深く刻んだ。
あんたらのような者達に助けてもらったのも何かのお導きかもしれんのぉ…。
氏政は、頬を寄せる小太郎の赤茶の髪が揺れる頭を撫でながら、ぽつりぽつりと言葉を紡いだ。