武田荘で一番のおちびちゃんである幸村くんは武田荘で一番のやんちゃっ子。どこからそんなパワーが出てくるのか茶色でふわふわの小さな体で彼は常に全力で遊ぶ。くるんと巻き上げた尻尾をふりふり、幸村くんは元気いっぱいです。
今日は買い出しに行った眼帯コンビに佐助と元就、小十郎さんが付いて行ったので私と幸村はお留守番。
お気に入りの押すとぷうぷう鳴る黄色いボールで遊ぶ幸村を止めて買い出しに連れて行くのは忍びないので私が残ったのだ。
ころころころ。黄色と茶色のまるまるしたものが何度も庭の端から端を転がっていく。つるりとした光沢を持つボールの大きさは子犬の幸村とほとんど変わらない。それに必死で乗り上げようとしたり、噛み付こうとしては逃げられる。またそれを追う、の繰り返し。ボールに翻弄されてるなあ。微笑ましい光景に頬を緩め、ボールにかじり付こうと必死な幸村を手招きした。
「ゆーくんおいで。ブラッシングしたげる」
あぐあぐしていた口を止め、垂れがちの耳がぴくりと跳ねる。
え?いまなんて?そう告げるように私の方へ視線を向けた。黒目がちなころころした瞳に疑問と期待が入り混じる。
興奮して聞きそびれるとかどんだけなの。胸中で密かに笑い、手にしたブラシを掲げて見せた。
「ブラッシング。ゆーくん好きよね?」
ね?と確信も込めて首を傾げてみせれば、今までじゃれついていたボールを後ろ足で蹴り飛ばしてやって来た。ぴょんこぴょんこ跳ねながら器用に走ってくる幸村を体で抱き止めたが、勢いを殺せず少し後ろによろけてしまう。幸村は常に全力だ。
早く早くと急かす幸村を膝に乗せてブラシを通せば途端に大人しくなるんだから。現金な子ねえ。
「はーい、きもちいきもちいですねー」
歯の柔らかいブラシでゆっくりと背中を撫でていく。くふー、くふー、と漏れる呼吸は先ほどと比べてだいぶ落ち着いたもの。ぼさついていた毛並みも整い、ふわふわ感も復活した。うん、やっぱり幸村はこうでなくちゃ。
耳の裏から首筋にかけてをこちょこちょすれば、くふんくふんと気持ち良さそうに鼻を鳴らして目を瞑る。
くるりと仰向けになって柔らかいお腹を見せ、くったりとリラックス態勢に入ってしまった。なんと言うか堂に入っただらけ具合だ。幸村だけじゃないけど動物ってたまにこっちが想像もしないポーズで寝るよなあ。
綿毛のお腹を撫でつつ、正座していた足を崩そうと少し身動いだら何を察知したのか幸村が突如子どもの姿に変わる。
急にどうしたんだろうと不思議に思う隙も与えず、がばりと首に抱きついてきた。立ち上がって、ぴったり体を寄せる幸村。あ、もしかして私が離れると思ったのかな?
離れるなんて許さないとばかりに首に回した腕に力を込めて、「うー!うー!」と唸りながらぽっこりしたお腹をぽすんぽすんとぶつけてくる。
離れないよ〜と宥めたら、じゃあもっと撫でろと催促してくるわんこ君。背中をてちてち叩く紅葉の手に苦笑しながら言われるままにくるんと巻いた尻尾を撫でた。
「そうだ。ゆきくんをかっこよくしてあげよう」
「う?」
きょとりと見つめてくるどんぐりのお目々に映る私はとても楽しそうな顔をしていた。
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「はい!完成ー!わー、ゆーくん可愛いー!かっこいー!」
「おー!」
鏡を覗く幸村の頭を彩る赤いリボン。忙しなく動く耳の邪魔にならない位置で結ったそれはチョコレートブラウンの髪によく映える。
揺れるリボンに瞳をキラキラさせて何度も鏡に手を伸ばす幸村。
幸村くん、残念ながら鏡の中のリボンは取れないのよ。
「まだまだあるよー。次はどれがいい?」
色とりどりのリボンやヘアゴムを広げて幸村に見せる。すると玄関から騒がしい声が聞こえてきた。
「ただいまあ!あきちゃん、だんな!…わ、だんなかわいくなってる!」
佐助の上げた声を聞き、どうしたと他の面々も顔を覗かせる。そういえばみんな結構髪の毛長いな。広げられたヘアゴムたちをちらりと見る。…うん、楽しくなりそうだ。
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「佐助はポニーテール、元就はサイドの一房を三つ編みにしてみました」
「おれさまポニーテールぅ」
佐助は結われ慣れているので髪をいじる事に抵抗がない。馬の尻尾を真似た髪をちょこちょこ揺らして幸村とじゃれている。
せっせっせーのよいよいよい、だって。ぽかんとしていた幸村だったが、佐助と手を繋いでする手遊びを気に入ったようだ。ずっと「よいよいよい」ばっかりしてるけど。
元就は髪をいじるのが初めてだったようで不思議そうに三つ編みを触っている。元就はツインテールよりも三つ編みかなとは思ったんだけど…。
「元就…お人形さんみたいで可愛いわ…」
色素の薄い髪は肩に当たって毛先が跳ねているがそれもアクセントになっていて可愛らしい。白い肌に乗った涼しげな目許ときゅっと締まった小さな口はより彼の利発さを引き立て、品のある西洋の人形を思わせる。
だ、抱き締めてもいいかなあ…!でもいつだったか彼の飼い主である元親くんが元就は触られるのがあまり好きじゃないという話を聞いた。
うう、普段から佐助や幸村をぎゅっぎゅしている私にとって幼子へのスキンシップを制限されるのは辛い…!抱き締めたいけど嫌がる事はしたくない。ジレンマの火にじりじり焦がされつつ、「待て」を命じられた犬のように元就を見つめる。
視線を感じたらしい元就が振り返り、ひとつため息をついた。
「え?」
目が合った次の瞬間、膝に心地良い重さと胸からお腹にかけて温かくなる。
「少しの間だけぞ」
ぽすりと背を預けてきたのはもちろん元就で、髪から覗いた耳の縁がほのかに色づいていた。
「んんんんん…元就かっわいい…!」
「あき、加減を忘れるでない」
「わかってるわかってるぅ」
ぎゅうと抱いて、小さな頭の上に頬を乗せる。落ちないよう体勢を整えたら、腕の中に収まった体から力が抜けた。