朝から色々あったもののやっと落ち着いた空気が流れ始めていた。落ち着いたと言っても元親くんは元就に何やら文句をこぼされているみたいだけど。使った食器はすぐ片付けろとか洗濯物を溜め込むなとか色々あるみたいだ。はい、はい、と大きな背中を丸めて頷く様子が少し面白かったというのは秘密にしておこう。
政宗くんの隣には小十郎さん。プラス恐いもの知らずな幸村が小十郎さんの背中にしがみつき、せっせと登頂を試みている。ちょろちょろ忙しない幸村を鬱陶しがる素振りも見せず、さらには落ちないよう前傾姿勢をとってくれている小十郎さんにキュンとした。どこまで優しいんだあなたは…!
さり気なく下の方に手を伸ばし、幸村が落ちた時に備えてくれているのは政宗くん。強面コンビの優しさに自然と笑みがこぼれた。
もちろん私にも佐助がいるわけで。ぽて、と頭を寄せて尻尾で私の腰辺りを撫でている。どこかくっ付いていないと不安な顔をする愛狐。そんな佐助が可愛くないはずもなくて、キャラメルブラウンの髪を数回撫でればとろけた笑みを浮かべて「えへへ」と頬を赤く染めた。
「もうっ!佐助!かわいい!」
「あきちゃぁん」
ぎゅうと小さな体を抱き締めれば佐助の柔らかな耳が頬を掠める。くすぐったい耳にあえて顔をこすりつけたら仔狐からきゃっきゃっと楽しそうな声が漏れた。
はしゃぐ私たちに政宗くんから「いちゃつくなー」なんて野次が入ったけど気にしない。いちゃつける時にいちゃつかなければ勿体ないじゃないか。
きゅる。
不思議な音がして顔を上げた。きゅるるるる。…なんだ、この音は。軽く眉をひそめて音を辿る。しかし思いがけない所に行き着いてしまった。
「こ、小十郎さん…?」
か、可愛らしいお腹の音ですねと精一杯フォローしたら「違う」と一蹴された。
「幸村だ、今のは」
「あ、ですよね」
ほら、と幸村を渡され抱き上げる。幸村は自分のお腹を不思議そうに見て、「お?」と小首を傾げていた。確かにこんな小さなお腹からあんな大きな音が鳴るなんて少し信じ難い。でも幸村のぽよぽよしたお腹に手を当ててみたらやっぱりきゅるきゅる鳴っていた。
時刻は朝の9時を少し回ったところ。お腹が鳴るのも仕方ない時間だ。
「ごめんね、ご飯にしよっか」
「席を外した方がいいか」
「へ?なんで?」
腰を上げる小十郎さんに疑問符いっぱいで投げかける。政宗くんも何故?と立ちあがった彼を見上げていた。
「男の目があったら授乳させにくいだろう」
「…じゅ?……は!?」
「あき!?お前幸村に乳やってたのか!?」
「ややややややってるわけないでしょ!」
「なんだ、違うのか」
よいせ、と何事も無かったように座り直す小十郎さん。え、この人本当に私が幸村にお乳やってると思ってたのかな!?
「むにゅー」
「ゆゆゆ幸村も人前で触らない!」
ふに、と揉むに近い形で胸に触ってきた幸村に慌てて注意すれば「やっぱり…!」と言わんばかりの顔で政宗くんが見てきた。
「違うから!ほんとに違うから!」
「でも人前でって…」
「抱っこしたり一緒にお風呂入ってるからよく触られたりそれっぽい事されたりするけどでもまだ小さいから仕方ないって言うか、まず違うから!」
「それっぽいこと!?」
「そこに反応しないでよ!」
「だんなばっかりずるい!おれさまもー!」
「佐助くん!?ちょっと空気読もうか!」
異様な食いつきを見せる政宗くんと幸村に負けじと飛び込んできた佐助に混乱して元親くんに助けを求めた。
「子どもってのは役得だなあ」
「元親兄さーん!?」
いつもならつられて笑ってしまう快活な笑顔も今は軽い殺意すら抱く。発端である小十郎さんは呑気にニュース見てるし。意外と自由な人だな!
収集のつかない事態に「もうどうにでもして」状態でぐったり受け入れていたら、突如「ゴスッ!」という鈍い音と共に終局を迎えた。
「そろそろその下らぬ話を止めよ」
「だからってなんで俺を…!」
冷静かつ特徴的な話し方で場を一刀してくれたのは元就。その手にはハードカバーの分厚い本が握られ、隣では頭を抱えてうずくまっている彼の飼い主がいた。
背中が薄ら寒くなったが、ようやく場が静まったので気にしない事にしよう。
「はい!ご飯にします!みんなお片付け!」
これ幸いとばかりに手を叩いて号令をかける。上がったお返事を合図にお片付け部隊と朝ご飯部隊に分かれて始動開始だ。
「昨日の鍋ちょっと残ってんな」
「じゃあ雑炊にしようか。きっと美味しいよ」
「冷や飯あるか?」
飼い主組は台所。政宗くんお手製のお鍋は具だくさんだったからいいお出汁が出ていて美味しい雑炊が出来るだろう。それに調理も簡単だからお腹を空かせたおちびちゃん達にもすぐ食べさせてあげられる。
口には出さないけれど、2人も子ども達を空腹でいさせる訳にはいかないと考えているみたいで準備する手が早い。私も負けてらんない、なんて変な意地を見せて卵を溶くスピードを上げた。
早くも美味しそうな匂いが立ち上がる中、小十郎さんは幸村の相手、佐助・元就組はお箸を並べたりしてくれている。
「もとなりには、おれさまのおわんとスプーンかしたげるね」
「…む」
「お、いいの貸してもらったじゃねえか元就。なんて言うんだ?」
佐助が渡したのはデフォルメされたキツネのイラストが描かれたお碗。マグカップと一緒に買った物で、いつも佐助が使うお気に入りのひとつ。
言葉を促す元親くんを一瞥し、元就の白い手が差し出されたお碗をそろそろと受け取る。
「あ、りがとう…」
「どーいたしまして!」
うつむき加減に、でも確かに紡がれた小さな声は私たちの耳にも届いた。
お手伝いを再開しようとした佐助を手招きして、ふわふわの髪が揺れる頭をいいこいいこ。向こうでも元親くんが優しい顔で元就をいいこいいこしていた。
「いーこいーこ?」
「ああ、いいこいいこだ」
小十郎さんに抱きかかえられ、一連の様子を見ていた幸村が背後を振り返りながら問う。幼子特有の高い声に正反対の深みのある声が静かに応えた。同時に大きな手が幸村の小さな頭を撫でる。
「いーこいーこねー」
撫でられ、満足げに笑うおちびちゃん。うちの子たちはみんないいこばかりだ。
まっふりした空気の中、いつの間にか政宗くんの手によって雑炊が完成していた。鍋の蓋を少しずらせば美味しそうな香りが食欲をくすぐる。しかし作った本人はどこか機嫌が悪そうだ。
「どしたの政宗くん」
「別にー。俺だけいいこいいこ出来る相手がいないかったからって拗ねてねえよ」
こんなに分かりやすい拗ね方もなかろう。
「政宗様、小十郎がおります」
「なんでだよ!でかいんだよお前は!」
「政宗様…!」
「こ、小十郎さんを責めないでよ!私が代わりにいいこいいこしてあげるから!」
「もっとなんでだよ!」
「してもらっとけよ政宗」
「元親うっさい!」
年下のくせにいつも冷静で人をからかう事の多い彼が珍しく頬を薄く上気させている。噛みついてくる政宗くんが面白いようで元親くんもやたら楽しそう。
密かに笑いを隠していたが、そろそろ政宗くんが可哀想になってきた。もうそれくらいにしてご飯にしないか。