毛並みのいい耳を立たせている愛狐の頭をよしよしと撫でて目線を合わせる。

ふへっ、なんてとろける笑みを向ける佐助にくすぐったい感情が胸を占める、が、慌てて正気を保つように首を振った。危ない危ない、この可愛さに流されるところだった。

ふるふると頭を振る私に小首を傾げる佐助。どうしたの?と伸ばされる小さな紅葉の手のひらが愛おしい。

やっぱ可愛いよなあ。まるで彼女に骨抜きにされたバカ彼氏みたいな思考がむくむくと湧いてくる。


「あきちゃん?」


この小さな生き物相手にどうしようもない自分に苦笑して、悔しまぎれに手を簡単に組んだ水鉄砲でぴゅうと少量お湯をひっ掛けてやった。



場所はお風呂、の浴槽の中。私と自慢の愛孤はただいま絶賛入浴中です。

私のひっ掛けたお湯を見事に浴びて、ぷおっ!なんて奇妙な声を上げ、顔に掛かった湯を必死で拭う佐助。


しかし濡れた手と腕でいくら拭こうとも成果はあまり上がらないようだ。

さすがに可哀想になって(まず私が悪いんだし)、あぶあぶと四苦八苦する佐助の小さな身体を引いて緩く伸ばした足の上に乗せた。

ごめんごめんと宥めるように髪を梳いて、一度濡らして固く絞ったタオルをまず額に、そして順に瞼にかけて目元と頬を拭う。


水気が無くなってくるごとに強張っていた身体から力が抜けて、拭う手と反対の腕を必死で掴んでいた手も同時に緩んでいく。

最後にもう一度頬にタオルをあてがうと、ぷくりと膨れた両頬と恨みがましげに見つめる双眸とぶつかった。


「なにすんのさぁ」

「佐助が可愛いのがいけない」

「なっ!そ、そんなのりゆうになんないでしょ!」


可愛いという単語に照れたらいいのか、理不尽な理由に怒ればいいのか分からないといった様子で「もう!もう!」と水面をぱしゃぱしゃ叩く。真っ赤な顔から推測するに前者だとは思うけど。


ずっと言い続けているのにまだ自分を褒める言葉には慣れないらしい。まあその初々しい反応が可愛くていじめてしまう訳なのだが。

くつくつと声を押し殺して笑えば、機敏に気付いた佐助の目が光る。


「なーんーでーわーらーうーの!」

「だぁって佐助くんかわ、うぐっ」

「もうだめ!それきんし!」


幼い両の手で私の口を抑える仔狐の顔は例に漏れず真っ赤で、僅かばかり涙すら滲んでいる。

えー、と不満を表情で表しつつ、空いた手で尻尾の根元をふにふに弄れば「…んんっ」とくぐもった声が漏れた。

ちょっと楽しくなって背中からお尻を撫でてみたら面白いくらい身体が跳ねる。


「おおおおしりさわるのもきんしっ!」

「ちえっ」


確かに今のはアレだったかなと反省して、ごめんね?と謝罪してから幼い身体を抱え直す。まだ頬は赤く、膨れてはいるけれど大人しく足の上に乗せられてくれたので密かに安堵したのは秘密。


静かになった浴室には時おり天井から落ちた滴が弾ける音が響く。決して嫌ではない静寂と共に室内を満たすのは昼間購入した入浴剤の甘い香り。


リラックス効果のある芳香は、はしゃぎ過ぎた私たちにも多大な効果を与えたようだ。

ほふ、どちらともなく小さな吐息を零す。それを合図に伸ばしていた足を曲げて、膝辺りに座っていた佐助との距離を埋める。

曲げた足を背もたれにさせて、不思議そうにとろりとした視線を向ける佐助の丸い頬に触れ、手のひらで柔く包んだ。


「佐助は私に可愛いって言われるの、嫌?」


親指で頬を撫でれば、ひくりと幼い肩が跳ねる。伏せ気味な目元は赤に染まり、睫が小さく震えた。


「や、じゃない、けど」

「けど?」

「あきちゃ、にいわれると、あたまあつくなって、へん、なかんじするから…」


手の甲で口元を隠しながらたどたどしく言葉を紡ぐ。そのいじらしい姿に当然胸はキュンと軽く音を立てた。

でもこればかりは私も譲れないところがある。

湯船の熱さだけではないのだろう火照った頬に冷やしたタオルをあてがった。


「つめたいっ」

「のぼせないようにね」


うっすらかいた汗を拭いてやってから、頭頂部にタオルを乗せた。これでのぼせる事はないだろう。



ふに、とつついた弾力のある頬は先ほどと比べたら随分熱も引いたみたいでホッと胸を撫で下ろす。


「…ね」

「ふえ?」


大人しくつつかれていた佐助が顔を上げて言葉の続きを待つ。なあに?と瞳で暗に示す佐助。


「私さ、佐助に可愛いって言いたくて仕方ないんだけど」

「…う」

「ね、ほんとに駄目?」

「あ…、う…」


口ごもる佐助の答えを促すように再び人差し指で頬をつつく。またほのかに熱がこもってきたと感じるのは気のせいではないはずだ。


二度ほど滴の弾ける音を聞いた時、ようやく小さな口が開き、同時につついていた人差し指が掴まれた。


「…じゃあ、いまだけきんし」

「今だけ?」

「いまいわれたら、おれさまのぼせちゃう…」


頬を染めて、掴んだ指を両手でにぎにぎとする様はまるで恥じらう乙女のよう。

そんな姿を見せられて「可愛い」と言えない辛さったらないなと漏れる苦笑を抑える事は出来なかった。


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