この世界にはヒトとイヌとネコが存在する。生まれ落ちた瞬間からそれは決定付けられ、抗うことも放棄する事も許されない。

しかし異義を唱える者は誰一人としていなかった。それが当然だからだ。


イヌは狗。雑事から時には狩りをこなす主の手足となる道具。ネコは寝子。主の吐き捨てた欲を受け止めるだけの道具。ヒトは非徒。限られた少数の者。全てを手に入れ、全てを許された存在。

異義を唱える者はいなかった。それが当然だからだ。


必要以上に家に上げてはならぬ。ヒトと同じ目線に立ってはならぬ。ヒトの命に首を振ってはならぬ。ヒトと同等の生活をしてはならぬ。感情を持つなど言語道断。イヌとネコは家畜同然、擦りきれるまで酷使しろ。それが畜生共に与えられた唯一の役目。使えぬようなれば棄てればよい。代わりはいくらでも利くのだから。


異義を唱える者はいなかった。それが当然で全てだからだ。





私の主は変わった御方だった。

外でいる私を中にいれようとする。家が汚れてしまいますと足を突っ張っても無理矢理中へ引き入れた。目線が少しでも高くならないよう四つん這いでいれば無理矢理立たせ、およし下さいと申し上げても家の中なら誰も見ておらぬと真っ直ぐ目線を合わせてくる。
毎日自分と同じ食事を摂らせ風呂にも入らせた。咎められます、もうお許し下さいと懇願すれば誰に咎められようかと笑った。

そして「菜緒」とネコである私を呼んだ。

ネコに名を付けるなど聞いた事もない。嫁を娶ってもおかしくない歳なのにその気配もなければ私以外のネコやイヌすらも飼っておられない。

ただ私を傍に置き、食事を摂らせ名を呼び、思い出したように問う。


菜緒、お前は俺の何だ。

菜緒は幸村様のネコでございます。


主は無表情に、そうか、とだけ答えた。





主は毎晩私を抱いた。欲を受け止めるだけの道具、当然の事。毎晩主の猛るそれを自身の然るべき箇所へ収めるのがネコの役目。
最初は大きすぎる質量と激しく穿つそれに上げてはならない悲鳴を噛み殺していたが、今では慣れた熱にだらしなく声を上げる。

ネコは主の吐き出す欲を受け止める以上の事をしてはならない。しかし幸村様は私にそれ以上の事を求めさせた。


どうされたい。お前は一体俺にどうされたいのだ答えてみろ。


ネコは主の命に首を振る事を許されない。拒否黙秘を許さない絶対的な命にもっと、もっと、と浅ましく請うた。

生理的な涙で滲む視界に映る幸村様は酷く嬉しそうに微笑む。その笑顔を見ていつもふつふつと胎内に何かが湧いた。


揺すぶられ与えられる刺激と絶頂を迎える直前の混濁した意識の中、幸村様は決まって何かを問う。

しかし朦朧とした意識では答える事が出来ず、腹に注がれる熱を感じながら毎夜そのまま意識を失っていた。





朝になって身体が思うよう動かせない私を幸村様が叱責する事は一度としてなかった。


背を向けている私を静かに腕の中に収めて抱きしめる。
卑しい身分であるものに畏れ多いその行為に、申し訳ございませんと小さく何度も何度も呟いた。告げる数と同じく、幸村様は自身が付けて下さった私の名を背中越しに呼んだ。

呟かれる度に力が込もっていく腕に心臓を掴まれた心地に陥る。

そして同時に心臓に繋がれた重く薄汚れた見えない鎖が耳障りな音を立て暴れ回る。辺りの臓腑はその度に傷ついては化膿し、醜く悪臭を放つ。



胎内から蝕んでいく膿と悪臭に、主の与える名も知らぬ熱と感情に、まるで楔を穿たれたように頭が痛み、喉が裂けんばかりの悲鳴を上げたくなるのだ。




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