神籬の森




社で最も陽当たりのいい縁側。お気に入りの場所に腰掛けている彌生の膝の上には子供がちょこんと座っていた。

彌生に寄り掛かる子の背には濃灰色の羽根が生えており、彌生が撫でると気持ちよさげに揺れる。子の顔は烏を象った面で殆ど隠れており、唯一露出した口元は緩い弧を描いていた。


「あ、風魔。またそんな羨ましいとこ陣取っちゃって」


軽い足音を立ててやってきた佐助はその光景を見て、呆れた表情で隣に腰を下ろした。


「そこ、俺様のなのにー」


軽口をたたきながら膝の上の子供に顔を近付ける。しかしその瞳には微かに本気の色が混じっていた。


「………」


風魔と呼ばれた子は佐助を一瞥すると、そのまま彌生に腕を回し抱きついた。


「まあ…可愛い」


嬉しそうに彌生は風魔の頭を撫でると、風魔もさらに彌生の胸に顔を寄せる。


「こんにゃろ…」


隠そうとすらせずに大きく舌打ちする佐助。しかし無理矢理引き剥がす事も出来ず、彼の羽根を軽く引っ張るというささやかな抵抗しか出来なかった。


「こんな所に子供とは珍しいな」


着流しの袖に手を入れ腕を組んだ幸村が奥から顔を出し、彌生の膝の上にいる子供から生えている物にぎょっとする。


「その子供には羽根が生えておるのか…!」


信じられないとばかりに風魔の羽根をまじまじと見る幸村。心なしか風魔も居心地が悪そうだ。


「この子、烏天狗なのよ」

「烏天狗!?烏天狗とはかように幼きものであったのか!」


感嘆の声を上げる幸村。その様子を見て佐助は意地の悪い瞳を風魔に向けた。


「だってよ。侮られちゃったぜー烏天狗サン?」

「………」


くつくつと喉で笑う佐助に、風魔は彌生の膝から降りて幸村の前に立つ。高下駄がカツンと乾いた音を立てた。

幸村は初めて見る烏天狗の全身に再び興奮の色を滲ませ、心底楽しそうな瞳を風魔に向けた。


「はい、彌生ちょっと離れてな」


言うが早いか佐助が彌生を抱き寄せた瞬間、まるで自らの意思を持っているかのように風が風魔を包み込む。

共に舞った濃灰の羽根によって中は全く見えず、幸村は思わず背けた顔を上げると目の前には自分と変わらない背丈の風魔がいた。


「大きくなった…?」


濃灰の羽根を身体に纏うようにして風魔は腕を組み、ぽかんと口を開けたままの幸村を見る。しかし呆けたままかと思われた顔には再び輝きが差した。


「烏天狗は剣術に長けていると聞く。風魔殿、いつか拙者と手合わせをしてはくれまいか!?」


それはほんの一瞬、風魔をよく知っている者でもしっかり見なければわからないくらいだったが、風魔は驚いた顔を見せた。
そしてほんの僅かではあったが確かにこくりと頷いた。幸村の双眸が細まる。


「珍しいね風魔が」

「幸村の強さを感じとった、とかかな」

「強い者を求める、ねえ…」


俺様にはわかんない感覚だなと呟く佐助に、彌生は佐助はそれでいいのよと笑った。



不意に気配を感じ、彌生の前に影が挿す。目の前には先程まで幸村と話していた風魔が立っていた。


「どうしたの?」


彌生が佐助の腕の中から見上げ訊ねると、風魔は屈み目線を合わせてから自身の頬と彌生の頬をくっ付けた。


「あっ、コラ!何やっちゃってくれてんの!」


声を上げる佐助とは裏腹に彌生は頬を付けたままの体勢で、目線だけを風魔に向けている。


「…えっ」

「彌生?」


腕の中で小さく声を上げた彌生を覗き見る。驚きで見開かれた瞳はやはり風魔に向いていた。

頬を離し、風魔は同じ体勢のまま彌生に向き直る。一瞬だけ口元に優しい笑みを浮かべ、再び頬を寄せる素振りを見せたので彌生もそれを受け入れる。


ちゅっ


「へ?」


軽い音がしたかと思うと佐助と彌生の声が同時に上がる。呆然としたままの二人に一瞥を投げるとそのまま風を巻き上げ、舞った羽根と一緒に消えてしまった。


「あんにゃろ…やってくれたね」


唇の落とされた彌生の頬を指で擦りながら佐助は憎々しげに視線を上に向ける。風がからかうように木の枝を揺らした。


「まあまあ、他愛ない悪戯じゃない」

「他愛なくないの!彌生はもっと危機感を覚えなきゃだめ!」


俺様心配で彌生の側から離れらんないじゃないの!と彌生を胸に収めながら嘆く佐助に、一連の様子を見ていた幸村はそれ以前に離れた事などないではないかと苦笑した。


「それにしても烏天狗というのは摩訶不思議な生き物なのだな。いきなり大きくなったり、言葉を介さずして彌生と話したり」

「どうだろ?全部が全部あんなのじゃないと思うけど。ただ手が早いのは風魔だけだと信じたいね」


抱き込んだ彌生の頭に顎を乗せて佐助は不機嫌に答える。彌生は抵抗しても無駄だと悟っているのか回された腕の中に静かに収まったままだ。


「山神の爺さんの使いじゃなきゃ近付けさせないのに」

「今日だって色々教えてくれたしね」


変わらず膨れっ面の佐助を宥めながら彌生は幸村を見た。


「大丈夫だからね」


そう言って微笑んだ彌生の真意はわからなかった。




人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -