本部での収集会議が終わり、帰ろうとした時。ふと、不本意にだが、本当に不本意だがあの馬鹿からの呼び出しが最近ないのを思い出した。
最後に呼ばれたのはいつだったか。
…確か、一ヶ月前に巨大ミキサーに全身を刻まれてから後は会ってないな。あいつに会えずに済むのだから呼ばれないのは有難いが、それはそれで不気味だ。私に気持ち悪いほどの執着を見せる奴が一ヶ月も音信不通となると、何か気色悪いことを企んでいるのではないかと疑うのは至極当然の結果だろう。それに一応ボス公認の研究(果たして意味があるかは不明だが)であるのだから、中途半端に投げ出されたら困る。私は困らないが。

…そういえば、先程の会議で料理長が言っていたな。より強力で賢い新型の灰汁獣を作らせていると。恐らくあの馬鹿がその研究に勤しんでいるのだろう。
馬鹿で気色悪い奴だが、腕は確かだと料理長からも買われているあいつが、一体どういった灰汁獣を作っているのだろうか。
折角本部まで来たんだ、少しだけ覗いてくるか。あの馬鹿も流石に研究の最中は私に構っては来ないだろう。




薄暗い廊下を進み、研究室の扉の前に立つ。念のためノックをする。…返事はない。耳を澄ますが、部屋からは特に音は聞こえてこない。
扉を開けると、目に飛び込んできたのは真っ暗な室内だった。


「ん」


暗い。いつもなら蛍光灯くらい付けられているはずの室内は薄暗く、唯一照らしているのは廊下の光だけだ。
いないのか?それとも仮眠でもとっているのか。それならさっさと研究の途中経過だけ見て帰るかと、部屋に足を踏み入れようとした時。
粘着質な音と、荒い呼吸音が傍から聞こえてきた。

音のする方へと顔を向ける。
まず目についたのは、床に脱ぎ捨てられた、ロッソがいつも身に纏っている白衣や黒いスカート、ゴーグル。
その奥に、大きい猛獣と人影が上下に重なっている。


「っは、ああ、ひっ、いいね、んっ、きみ、さいこぉっ」


上下に動くたびに粘着質な音と気色の悪い甲高い声が耳に届く。何をしているかなど、聞くのは野暮だ。
ひくり、頬が引き攣る。


「体の、あっ、あいしょお、バッチシじゃ、っん、うひひっ」


…………。



キモい。



長い前髪から覗く横顔が、少しばかり此方を向いた。


「ふふっ……あっ、エル」


バタン!


扉の閉じる音が廊下に反響する。それが暫く続いて静かになった時には、既に扉の前から立ち去り長い廊下を早足で進んでいた。

忘れよう。今までのようにさっさと頭の中から追い出して綺麗に忘れてしまおう。
だと言うのに、頭の中では何度も先程目撃した出来事が何度も繰り返し浮かんでくる。嫌な思い出は忘れにくいというのは本当のようだ。最悪だ。


背後から勢いよく扉の開く音が聞こえてきた。それからドタバタと喧しい足音が私の方に近付いてくる。


「エルグさまあああああっ!!まってぇぇぇ!!」


廊下に響き渡る、私の名前を呼ぶ声。
既に奴の扉から百メートルは離れたというのに、その声は此方までしっかりと届いた。
無視したいが、このまま名前を呼ばれるのも癪だ。
嫌々ながらも振り向いて、凍った。


あの間抜け面が、私の方へと走ってくる。



下半身に何も穿いてない状態で。



「っ汚ぇもん見せてんじゃねぇクズ!!死ね!!視界から消え失せろ!!」
「いやぁんっそんな怒鳴らないでください!汚れてるのはあの子のせいですー!」


上に白衣を纏っているのはせめてもの救いか。来た道を引き返し、無理矢理白衣の前をしっかり閉じさせれば、何とか気持ち悪い体が視界から消えてくれた。


「だってエルグ様がさっさといっちゃうから、白衣くらいしか着る余裕がなかったんですよ」
「……今日ほど貴様を殺したいと思った日はない」
「えー、酷いですよエルグ様ーっ」


ロッソはへらへらと気味の悪い笑みを張り付けている。


「で、エルグ様。本日はどのようなご理由で私の所に来たんですかー?」
「……もういい、俺は帰る」
「えーっ、気になりますよ!一体何の御用だったんですか?あっもしかして私に会いに!?いやん嬉しー!」
「寝言は寝て言え。貴様が開発している新型の灰汁獣の姿を拝もうと来ただけだ」
「それは建前で、本当は会えなくて寂しかったりして!」
「死んでもない」
「エルグ様ったらツンデレ―!そんなところが好きですけどね!」


駄目だ、こいつと話すと頭が痛くなる。自分からこいつの元に来ようとした私が愚かだった。二度と自ら此処に足を運ばないと来ないと心に堅く誓う。


「まぁ折角ですし、粗方出来上がった灰汁獣ちゃんでも見て行ってください」
「いい、帰る」
「そんなこと言わずっ、え、っちょエルグ様っ!!?」


今度こそ背後からの声を無視し、その場から走り去った。


本部の外へ出た途端、どっと疲れがやってきた。
本当にあの馬鹿と関わると碌なことがない。しかも、何故この私があんな小娘から逃げなければならないんだ。ああ腹立たしい。あのムカつく面をゴーグル共々叩き潰せば少しは清々したかも――


「…………ん?」


ゴーグル。何かひっかかる。何故だ。先程見たとき、奴の目にはあの見慣れたゴーグルがあった。


…そうだ。部屋を覗いたとき、確かゴーグルは服と共に床へと転がっていた。少し見えた横顔にもゴーグルの影は見当たらなかった。つまり、行為中あいつはゴーグルを外していたのだ。だが、扉から出てきたあいつは、ゴーグルを身につけていた。
服を着る余裕なんてなかったとあいつは言った。私が走り去ってしまえば足では追い付けないのだから、早く引き留めないといけないと。

なら、何故ゴーグルをかけたんだ?



いくら考えても、答えは何処にも見当たらない。


目撃者、桔梗



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