ヘラクの半身を移植し、不死の身になり何年経ったのだろうか。最初の頃は便利だと感じていた我が身は、今では退屈の元凶と成り下がってしまった。ボスのお役に立つのは喜ばしいことだが、それでも人生から刺激がなくなるというのには一種の恐怖に似たものを感じてしまう。淡々とした作業にも似たこれは、果たしてこれは人生と呼んでいいのだろうか。生きていると言えるのか?何か刺激が欲しい。そう、目新しく退屈しない何かが。そう思っていたところ、料理長から少しだけ期待できそうな話を聞かされた。最近引き抜いた一人の研究員が、私に会いたいのだと言ったそうだ。料理長の話によると随分と優秀な人材らしいが、何故私に?そう尋ねると、どうやら私の下半身が理由らしい。
人間にグルメ細胞を移植すると、超人的な力が手に入る。だがそれには大きなリスクがあり、もし細胞が上手く結合しなかった場合、最悪死ぬ可能性がある。当然、他の生物からの人体への移植のリスクは更に高い。適合したとしても、その生物本来の力が発揮できないことが多い。そんな中、私は運よく細胞が適合し成功した珍しい例だった。それも不老不死である幻獣ヘラクの不死の力まで手に入れた。そんな私の存在を話したところ、是非会って調べさせてくれと頼まれたのだという。此方としてもその人物に興味がある。二つ返事でOKをし、そいつの研究室へと向かった。










大袈裟なまでに大きな扉を開く。料理長が優秀だと言っていただけあり、中々の待遇を受けているようだ。一人の部屋にしては広すぎる部屋の中、床一面に散らばっている紙には様々な猛獣の写真が載せられている。中には外見だけでなく赤黒い中身まで写されている物も見つかった。壁には恐らく資料にある猛獣の詰められた、ホルマリンに満たされた試験管が幾多も並べられている。目玉だけの物もあれば、三メートルもの巨体を納めている物もあり、圧倒される。冷たい薬品の臭いが鼻を擽った。そんな中、華奢な身体という場違いな後ろ姿が目に入った。身に纏っている白衣からして、料理長の言っていた研究員はこいつか?……女だったのか。私の来訪に気が付いたのか振り向いた。そして私を見て、動きを止めた。


「………」
「……?」


………

どのくらい経ったのだろうか。一向に動く気配を見せない。私の外見に驚いたか?美食會の学者にそれはないと一蹴し、固まったままの女に声をかけた。いつまでもこんな所にいるつもりはない。「おい」「……」「…おい」返事はない。いい加減にしろ、と言えば女は跳ね上がった。やっとか。





「ぅきゃあああ───!!!」

「な……っ!?」




此方に疾走してきた。





呆気にとられるも、直ぐに正気に戻りその突進を避ける。奇声を発せられて反応が少し遅れたが、大したスピードではなかったため難なく避けることができた。私という存在が避けたことにより、女はそのままの勢いで私の直ぐ後ろにある扉に顔から派手にぶち当たり、盛大な音を立てた。その反動で背中から床に、こちらも盛大な音を立てて倒れた。床を転がりながら顔を押さえ悶えている姿は酷く滑稽だ。「あああ、頭と背中のダブルコンボキタコレ…!」知るか。何なんだこいつは。意味が分からん。


「……お前がロッソなのか?」


できればそうでないことを願いつつ尋ねた。こんな変人と関わりたくない。


「あ、ああそうですそうです、私この生物研究室室長のロッソと申しますー」


だが無情にもその女は、くぐもった声でその願いを打ち砕いた。
未だに痛みが響いているのか、薄汚い床から体を起こそうとせず、見苦しく呻いている。たかが扉に衝突し倒れたくらいの痛みをまだ引き摺っているのか。研究員ということだが、どうやら本当に「研究員」という役割でしかないようだ。もしかしたら、グルメ細胞すら移植されていないのかもしれない。これでは戦力にもならない。それは些か問題ではなかろうか。いや、それはどうでもいい。そんなことよりも。


「先程のはどういうことだ」
「先程?」
「私に突撃しようとした理由だ」


全く意味が想像できない奇怪な行動をしておいて、何故直ぐにそのことだと理解しないんだ。まさかこいつは奇人ではないだろうな。ここにいる時点で奇人に変わりないが。


「えーと、そのー」
「早く言え」
「そのですねー、実はエルグ様の見た目が私の好みでして」
「は?」
「つまり、一目惚れしちゃいましたー!!」


きゃー恥ずかしー!いやーん!



一人で叫び体をくねらせる姿を見、頭痛がした。
………こいつは只の変人だ。


真っな出会い



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