エルグ様のお顔を拝むことができた。逆光で見えにくかったけどきちんと網膜に焼き付けました!お陰で思い出す度にやけちゃって周りから距離を更に置かれるようになりました、物理的に。いや周りのことはどうでもいい、それよりも凄い変化が……な、なんとっエルグ様が自ら私の元へ足を運ぶようになったのだー!ひゃっほー!頻繁ではないけれど、これは嬉しい変化だ!何で会いに来てくれるのか知らないし、私には想像もつかない。あれほど邪険に扱っていたのに。それを聞いたら機嫌を損ねてしまって来なくなるかもしれないので聞かないけど。薮蛇はご勘弁。でもまぁ、気になることには気になるわけでして。たまにその事について思考する。決して私の気持ちに応えているわけではないのは、悲しいけど明らかだ。でもエルグ様は確かにあの時のことに関して負い目を少なからず感じている模様。別に気にしなくていいと思う反面、もっと罪悪感を感じればいいのに、と思ってしまう。そうすればエルグ様は私のことを頻繁に思ってくださるのだから。ああ、我ながら可愛いげのない、酷い考えだこと。




「答えたくないのか」
「……あっすみません、何か言いましたか?」


いけないいけない、考えに没頭しててエルグ様のお声を聞き逃してしまった。これがもし愛の言葉だったら勿体ない。
レポートから視線を外し、背後で寛いでいるエルグ様を見やる。素敵な下半身だけど、こうして座るのはちょっと辛そうに見える。リラックスできてるのだろうか?


「お手数ですけど、もう一度おっしゃってくれません?」
「レポートはもういいのか?熱中していたようだが」
「粗方終わってますのでお気になさらず。それに熱中してたのはレポートではなくエルグ様のことについて考えていたわけでして、まぁ何が言いたいのかというと焼きもちしないでくださいね!」
「誰がするか……お前が美食會へ来た理由は何だ、と聞いた」
「あー、そのくらい別に構いませんよ」


理由自体は面白味のない、在り来たりなものですし。


「私が元々所属していた組織、中々大きな所でして。それで美食會が研究データを奪おうとやってきたんですよ。でも研究員が私しかいなかったので、データついでに私も連れてきたんです」
「…お前だけ?他にいなかったのか」
「丁度美食會が来る前にですね、不慮の事故で死んだり殺しちゃったりして一人になっちゃったんですよー」


いやーあちらさんもさぞかし驚いたでしょう。データ奪って皆殺しにするつもりで意気揚々と乗り込んだのに、生きてたのが一人の研究員だけだったんですから。
殺した、という単語に、僅かながらエルグ様は反応した。……ううむ、長いし思い出したくないしで話したくないけど、エルグ様の刺激になるのだったら。


「理由、聞きたいですか?」
「…少しな」
「……あああっエルグ様が私の過去に興味を持ってくださるなんて!ではでは少しでも貴方の刺激になれるよう、お話ししましょう!」







えー私の人生は、一年半前までは普通なものでした。まともではない組織の研究員でしたけど、趣味の合う友人もいて好きな研究ができて、そこそこ幸せな生活を謳歌していました。

ある日のことです。人間界では見られない生物、つまりグルメ界の生物が私達の研究所近くで発見されました。最初は緊急避難警告が出されたのですが、よくよく観察するとその生物、既に死んでいたのです。それならさっさと死骸を棄てればいいのですが、気になる点が一つ。外傷が何処にも見つからなかったのです。寿命にしては外見からして筋肉の衰えが見れませんでしたから、もしかしたらグルメ界特有の病気やウイルスにかかったのでは、という仮説が立てられ、私達は早速調査しました。勿論、防備はキチンとして。宇宙に行ってもいいくらいの格好でしたよ。
まあ当然、そんなものは無意味でした。グルメ界のウイルスは人間界の技術をものともせず、簡単に私達の体を蝕んでいきました。それはもう、とんでもない地獄絵図でした。


身体の先端から腐っていく者。
血を穴という穴からドバドバと撒き散らす者。
痛みで奇声をあげながらのたうち回る者。
肌が青紫へと変色した者。
まだ発症していなかったけれど、あまりの恐怖に気が狂った者。


その中で私だけ、生死の淵をさ迷いつつも何とか生き延びました。
代わりに私の両目に変異が起こりました……エルグ様もご覧になったでしょう。ただ、確かに気味が悪かったのですが、私はそこまで気にしませんでした。何せ見た目の色こそ変われども、視界に影響はありませんでしたし。目の前で死んでいった同僚に比べれば寧ろ恵まれ過ぎていたように感じていました。

ただ、周りの反応は違いました。
他の研究所にいた友人は私を、いえ私の目を見るなり「気持ち悪い」と叫びました。いえいえ誇張表現ではありません。叫びというより、あれは最早悲鳴でしたね。
それから、友人は皆私から距離を置きました。私の存在を拒絶したのです。ウイルス感染を恐れて、ではありません。それなら電話くらいは平気でしょう。あいつ等はそれすら拒否しました。他の研究員も同様です。
ショックでした。だって変わったのは目の色だけ、それなのに全てを拒絶されたんですよ?私の価値は目の色で変わるものなの?私はそんなに気持ち悪い?そんな自問自答を繰返し、性格はかなり歪みました。そして自分の目を心底嫌い憎むようになりました。何度抉り取ってやろうと思ったことか……。でも抉れば私に価値はなくなります。盲目の状態で私が裏社会で生きていけるはずがありませんし、裏社会へと堕ちた身は二度と表に出せません。移植してもまた変色しないとも限りませんから、結局はこの状態のまま生きていくはめになりました。さながら生き地獄のようでしたよ。嫌いなものと一緒に過ごしていくだなんて。鏡も録に見れなくなりました。獣愛者になったのはこのせいですね。だって彼等は目の色だけで嫌ったりしませんもん。


その後、研究所では私一人でウイルスの研究を続けました。移動してくる人は誰もいません。更なる犠牲者を出さないためでしょう。別にそれでいい、むしろ好都合でした。元々あったかも分からない組織への忠誠心は完全に消え去り、私利私欲のために研究を進めました。ウイルスの研究を続けたのは興味関心があったからではありません。あ、私流石に肉眼で見れない生物に欲情は対象外ですので。そこら辺誤解のないように。復讐…というより八つ当たり?そこら辺何と言えばいいのか…まああいつ等をぶっ殺すためです。私はあのウイルスの酷さをよ〜く知っていましたからね。奴等に地獄を見せてやるのだと意気込んでいました。


そんな野望を胸に秘め早半年、私は遂にウイルス復元を成功させたのです!!





「その後はウイルスを感染させた実験動物を研究所へ侵入させてさっさと自分の研究所に戻ったら、美食會の人と遭遇……そして今に至るってわけです」


話を一通り終え、エルグ様の方を窺う。相変わらず包帯に隠れたお顔からは何一つ思考が読めない。今の話をどんな心境で聞いていらっしゃったのだろう?もしかしたら話の途中で興味がなくなって聞いてなかったのかもしれない。それだったらちょっと残念だ。



「……お前は、最初は受け入れられていたんだな」




ポツリと、小さく吐かれた言葉は私に向けられたものではなかった。それでも鼓膜にしっかりと届いた。それが寂しい響きを持っているように聞こえたのは、私の気のせいだろうか。


梅鼠色の記憶



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