ネタ | ナノ



抹本と患者

※ブツキリ

本棚の前に誰かが立っている。それは黒く塗りつぶされた球体の塊でなければ赤い肌色でもなく、限りなく人間に近い見た目をしている。深緑の外套を身に纏った少し小柄な後ろ姿には見覚えがあった。此処にいるのは珍しい。恐る恐る近付いていく。声をかけるよりも先に、鮮やかな翠の瞳と目が合った。

「やあ…えっと、名前さん、だったかな?」

少しつっかえながらも、彼は私の名前を呼んだ。不安そうな顔に合っていますよと頷けば、血色の悪い頬が嬉しそうに緩んだ。思い返せば名前を呼ばれたのは初めてかもしれない。

「抹本さんですよね」
「うん、そうだよ」
「こんな所にいるなんて珍しいですね」

彼の姿を見かけるのは決まって薬品に囲まれたあの冷たい部屋だった。そのイメージが定着しているため、少しだけ違和感がある。

「ちょっとね」




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