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▼ 素直じゃないぜシュウ師範代

これこれの続き


目の間に広がる惨劇に、息を呑む。

血を流して倒れている同僚。

煙を立てて崩れていく本堂。

暴れている灰汁獣と、千代さん。

それを止めたいのに、体が動かない。まるで足が縫い付けられたように、ただ呆然と眺めていることしかできない。

そして、足元に転がっている、何よりも色鮮やかな存在。



真っ赤な水溜りに伏した、名前の体。





「―――――っ!!」



突然目の前に広がっていた惨劇が消え去り、木の板へと変わった。
静かな空間に、自分の荒い呼吸音だけが響いている。
現状が分からず、目だけを動かして周りを窺う。見慣れた室内が広がっているのを確認して、ゆっくりと上半身を起き上がらせる。ぱさりと軽い音を立てて体にかけていた布団が落ちた。
……夢、か。
やっと理解して、体から力を抜く。途端に全身から嫌な汗が噴き出してきた。


美食會―千代さんらが襲撃してきてから、ずっと同じ夢ばかり見ている。あの時の惨劇の様子。……そして、名前の死体。
本人に教えたら、きっと激怒するだろう。縁起でもない奴だと騒ぎ立てるに違いない。こっちは冗談じゃないというのに。


五月蠅い人だとつくづく思う。女性でありながら、そんな様子を微塵も見せないデリカシーのない人。彼女のお目付け役は、とても疲れた。真面目に食義を学ぼうとしない、人に物を投げてくる、口を開けば暴言ばかり。死んでしまえば解放されるのに、なんて冗談交じりに彼女に伝えた気持ちは、半分本気のつもりだった。別に彼女は私にとって手のかかる門下生(受刑者と言った方が正しいのか)で、正直いなくなってくれたら肩の荷が下りてすっきりすると本気で思っていたからだ。
だが、それは表面上だけの気持ちだったようだ。


美食會がいなくなり騒動が静まった後、真っ先に思い出したのは名前のことだった。そういえば今朝は彼女を起こさず、そのまま師範代の集まりに行ったのだった。そうなるとあの不真面目な彼女は部屋で眠っている可能性が高い。
彼女の部屋のある方向に視線を向ける。そこにあるのは、崩れた瓦礫の山だけだった。

無意識にその瓦礫の山へと走り出していた。背後から誰か引き留める声がしたが、それに構っている余裕はなかった。

名前はグルメ細胞を持ち合わせていない。そんな彼女がもし瓦礫の中に埋もれていたとしたら……考えるだけで吐き気がした。
必死で瓦礫を痛む手で退ける作業を行った。名前を呼ぼうと息を吸ったが、喉が引き攣って空気だけが口から洩れた。

結局、人の心配を踏み躙るかのようにいつも通りの彼女が背後に立っていたのはいいことなのか、それとも悪夢だったのか。


何にせよ、生きていてくれて本当によかった。
あの時の私はそう思ってしまった。
結局は、私の本心はそれだったのだ。あれだけ憎まれ口を叩いて叩かれても、彼女のことが何だかんだで気に入っている。
果たして、この感情は一体何なのだろうか。
一つの答えが真っ先に候補に挙がるが、それはばっさりと切り捨てさせてもらう。あんな女性らしさの欠片もない人に惹かれることは絶対にない。あってたまるものか。


荒ぶる気持ちを抑えるために、窓の外に顔を向ける。そこからは朝日が昇り、空が青へと変わっていく景色が見えた。もうそんな時間だったのか。そろそろ準備をするかと布団から抜け出す。
顔を洗い、髪を結い、服を着替える。鏡で全身をチェックする。よし、乱れはない。
部屋から出て、彼女の部屋に向かった。

相手があの名前とはいえ、いきなり人の部屋に立ち入るのには抵抗がある。襖を軽く叩く。…返事はない。
大体の予想がついているが、念のため入りますよと声をかけて襖を引いた。
既にもぬけの殻となった布団を見て、またかと肩を落とす。
窓を開け、その縁に足をかける。そのまま飛び上り屋根の上に着地すると、案の上寝そべっている名前がそこにいた。


「またサボってるのですか、名前」
「うげぇっ、シュウ!……師範代」
「さっさと下に行きますよ。ほら、体を起こしなさい」


へいへいと低い声で返事をする姿を見て、ため息を吐く。


「何、今のため息。呆れてんの?」
「……ええ、呆れてますよ」



だらけた貴女の姿を見るたびに安心する自分自身に。
……
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