キミを殺してオレも死ぬ2

〜U〜

一晩明けてみれば、全てはアシュラフの夢だった。
……としたら、どんなに良かっただろうか。

「おはようございます、王サマ」

一足先にテーブルについていたカマルは、アシュラフを見つけるとカップを持っていない右手をヒラヒラと振ってみせた。何が楽しいのか、今日も整った顔に笑みを浮かべている。

「昨夜はよく寝れました?」

「……答えが判っている質問をするな」

アシュラフが腰を下ろすタイミングを見計らって、機械人形が熱いチャイを差し出した。
カマルは薄いパンに羊肉や野菜を挟んで、いくつもパクついている。見ているだけで腹いっぱいになりそうな食べっぷりだ。

「死んでいても物を食うのか?」

「空腹はあんまり感じないんですけど、どうやら味覚は死んでないみたいで美味しく頂けてます」

言いながらまた一つ口に入れる。

(いっそ、喉を詰まらせればいいのに)

苦々しく思った途端、アシュラフの脳裏に、ある考えがひらめいた。



昼を過ぎたころ、アシュラフは台所で鍋をかき混ぜていた。
鶏肉をネギと数種のスパイスで煮込んだジールバージャは、母親から教わった。しばらくするとその匂いに釣られたのか、カマルが厨房に現われた。

「何をされてるんですか?」

「見てわかるだろう。料理を作っている」

アシュラフの言葉によほど驚いたのか、カマルは目を丸くした。

「王サマ、料理なんてできるんですか!?」

「簡単なものなら一通りは」

「へぇー! なんか意外だなー」

興味深げに鍋を覗き込むカマル。その目の前にアシュラフは自作のジールバージャを盛りつけた椀を差し出した。

「おまえも食べてみるか?」

「はい、もちろん喜んで!」

二つ返事で受け取ったカマルはすぐにその場でパクリと一口。

「ん〜美味しいです!」

満足げに咀嚼していたが、その数秒後、様子が一変した。

「ん、ぐ、っぁ……! こ、これ、は……!」

苦しげに呼吸を荒げるカマルを見て、アシュラフは口の端を引き上げる。

この中にはシルクロードの交易で手に入れた異国の毒草が入っている。一口でも食べれば、どんな人間もたちまち呼吸を止めてしまう。

……はずなのだが。

「ピリリと舌を痺れさせる刺激! 気道を圧迫する息苦しさ! これは上等の毒草を使ってますねー」

「…………」

暢気すぎるコメントに、アシュラフは自分の失敗を悟った。

「風味からするに、入ってるのはマチンかなぁ? 隠し味が効いてますね」

「もういい」

眉を寄せて席を立とうとすると、カマルの言葉が遮る。

「王サマは召し上がらないんですか? 一口で天国に行けちゃいそうな味ですよ」

「いらん!」

腕を振り払うと、毒入りの椀は床に落ち、砕けてしまった。

「あーあ…… 食べものを粗末にしちゃって」

わざとらしくカマルは溜息をつく。
そして、賢いあなたなら理解されてると思いますけど、と前置きして言う。

「俺は死にませんよ。すでに一度死んじゃってますから。だから、もう諦めて……あれっ、王サマ? どこ行くんですかー?」

「付いてくるな!!」

何頭ものラクダを潰して入手した、貴重な毒草だったのいうのに。
骨折り損とはまさにこのこと。
最悪な気分だ。



刺殺、毒殺、射殺、絞殺、圧殺、溺殺、焼殺。
ありとあらゆる、思いつく限りの方法を試みたが、その全てはことごとく失敗に終わった。

「王サマもよく飽きないですね」

首を曲げて関節を鳴らす男を前にして、アシュラフはなすすべなく、手にしていた松明を落とした。

「てか、お気に入りの一張羅が丸焦げなんですけど?」

カマルの言う通り、彼の服は最早本来の機能を果たせない状態になっていた。だが、中身はやけど一つ負っていない。
アシュラフはツンと顔を逸らして吐き捨てる。

「そもそも、その服は私がおまえに与えた物だ。どう扱おうが問題ない」

「うっわ! 王サマ、かわいくなーい!」

カマルは大げさに頬を膨らませた。無視を決め込もうとしたが、冷たい手のひらがアシュラフを捕らえる。

「そんな可愛くない子には、おしおきしちゃおうかな」

数日前と同じように、アシュラフは絨毯の上に引き倒された。
カマルとの力の差は、先日身を以て知ったばかり。撃退できるとは思えない。体を固くするアシュラフに、カマルは柔らかく微笑んでみせた。

「緊張しないでくださいよ。ただのおしおきですから」

「仕置きにただも何もあるか!」

「アハハ! それもそうですね」

和やかな雰囲気だが、体を押さえる力が弱まることはない。
絶望的な気分になりながらも、アシュラフはなおも反発した。

「主にこんな真似して許されると思うのか!?」

「そこに愛があるならいいんじゃないですかねぇ」

「よくない!」

言い合っている間にアシュラフの腕は腰ひもで拘束されてしまった。
せめてもの抵抗で蹴り上げようとしたが、その足はカマルに取られ。靴を脱がされ、足の甲に口づけを受ける。

「……ッ!」

指が、唇が、舌が。アシュラフの爪先を辿り、服の裾を割って露わになったくるぶしを掠め、ふくらはぎをなぞる。

「はな、……ッ」

不自由な体をよじって、抵抗を続けるアシュラフだが、中心を掴まれてびくりと肩を震わせた。

「あっ」

「じっとしててくださいね」

カマルは指を何度か滑らせると、身をかがめ舌を這わせてきた。
ぬるりと湿った口内に包まれる。指とは全く違う刺激に、全身の産毛がぞわりと逆立った。

「や、あっ」

カマルはアシュラフの屹立を口に含み、飴玉のように舐め溶かしていく。その一方で、太ももの内側に指を這わせる。
体を労わるような、丁寧で執拗な愛撫に、アシュラフの熱は高められていく。

「あぁっ……んっ」

「王サマ、かわいい」

ふざけるなと怒鳴りたいのに、漏れるのは甘えたような吐息ばかり。
こうなれば早く終わってしまえと願うばかりだが、決定的な刺激は与えられず。
カマルの口に支配されているせいで、射精もままならない。
達することを許されないまま、ひたすらに欲望を煽られる。
苦痛と紙一重の快楽に、アシュラフはびくびく震え耐えることしかできない。

「も……嫌、……。や、やめ……!」

乱れる呼吸の合間、必死に訴える。

「やめてもいいんですか?」

手を止めたカマルは平素と変わらない笑みのまま。
中途半端な状態で放置され、じれったさに腰が揺れる。

「……っく」

「王サマ?」

アシュラフの状態など百も承知の癖に、白々しく首を傾げて見せるカマルが憎らしい。
潤む瞳に必死に力を込めて睨みつけてみたが、すぐに意地は本能に覆された。

「や、……やめ、るな」

「仰せのままに」

素直になったご褒美とでも言いたげに、長い指が先端をくすぐる。その刺激さえ、今のアシュラフには耐えられない。
息を吐いて何とかやり過ごそうとするアシュラフの昂ぶりを、カマルは再び口に含んだ。

「ひ、ぁあっ」

くちゅりと濡れた卑猥な音が耳をなぶる。
身を焼くような羞恥心と、それを遙かに上回る快感がアシュラフを襲う。

「ひっ、ぃ、あぁあ……っ」

熱い粘膜と舌で何度か強くしごかれると、すぐに絶頂が訪れた。
引き抜こうとしたが間に合わず、結局カマルの口内に精を放ってしまう。

だらりと体を弛緩させるアシュラフの前で、精液をごくりと飲み下したカマルは猫のように目を細めて笑う。

「今なら簡単にあなたを殺せますね」

細長い指先がアシュラフの喉を撫でた。
言葉の通り、今ここでカマルが力を込めれば、アシュラフの呼吸はあっけなく止まるだろう。

「い、やだ……」

「冗談ですよ」

力の入らない手足を何とか動かそうとしていると、手はあっさりと離された。
苦笑と共に抱き寄せられ、頭を撫でられる。ちょうど鼻先をカマルの胸元に埋めるような体勢になったが、そこから心音が聞こえることはなかった。
無造作に髪を梳く仕草に、先ほどまでの性的な雰囲気は感じられない。
まるで子供のころに戻ったような気分だ。気恥ずかしさが込み上げるが、払いのけるには心地よすぎる。されるがままになっているうちに、次第にまぶたが重くなっていく。

(今ここで寝るわけには……)

考えとは裏腹に、アシュラフの意識は遠のいて行った。

眠りに落ちる瞬間、誰かの声が聞こえた気がした。

「……アシュラフ」

名前を呼ばれるのは何年ぶりだろう。
声は優しく、切なげで、聞いているだけで凍ったはずの心が軋んだ。


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