村娘を看病してやった。 4

「ヌモの言うことなど手に取るように分かる、おおよそ『暴力にものを言わせて我輩を支配し馬車馬のように働かせては無理難題を押し付けてくる野蛮で邪悪な怪力クソババア』とでも言っていたのだろう」
「……あ、……っと」

 全くそのとおりだったのでサイファは言葉に詰まった。
 マクタバは表情を変えない。

「貴女が悪く思う必要など無い」

 そう言われても咄嗟に否定できなかった自分が何だか悪い気がして、サイファは頭を下げた。実際に面と向き合ってみると、雰囲気に圧倒されてまともに目を合わせられなかった。

「本当に申し訳ないことをした。これで貴女の風邪が悪化したのなら、私の責任だ」
「……いえ……?」

 あれ、どうして私が風邪をひいてるって知ってるんだろう。
 サイファが顔を上げると、マクタバは「記人とはこういうものだ」と厳しかった表情を和らげた。

「おい、ヌモ」
「はい! なんでしょうか、おっしょさん!」

 ヌモがすっくと立ち上がり、ぼこぼこの顔に鼻血を流したまま言った。

「人様の家に恐喝まがいに勝手に上がり込み、療養中のか弱い女性に心ない言葉を浴びせて茶菓子をせびることがお前の奉仕活動なのか?」
「いいえ、滅相もありません。我輩の奉仕活動はこれからでございます」
「そうか。では何をする?」
「薬局に行って、一番高い風邪薬を買ってきまイデッ!」

 マクタバはヌモにデコピンをした。

「阿呆、何でも金で解決しようとするなといつも言っているだろうが。そんなものは奉仕活動とは言わん」
「じゃあ、どうしろって言うんですかー」
「お前ができることをすれば良い。お前には知識がある」

 マクタバが懐から袋を取り出した。受け取ったヌモが袋を開いてみると、いつも持ち歩いている薬草の他に、見慣れない草が入っているのを見つけた。

「なんですかこの雑草」
「雑草ではない、咳止めの薬草だ。親切な小人たちから分けて頂いた。それをいつもの風邪薬に二割ほど混ぜると良い」
「えー小人? 我輩も見たかったのに!」
「小人ではなく彼らが作る家具や調度品をだろう?」
「……」
「都での一件を繰り返されては困る」
「あー……ところでおっしょさんは、小人族の記録をとりに行ってたんですか」
「結果的にそうなった。私の目的は砂漠の民の記録だった」

 ヌモは首をかしげた。

「砂漠なんてこの辺りにはないですけど?」
「少なくともループ王が大陸を統一される以前にはあった。砂漠がなくなったのは彼が王になられた後の話だ」
「それって、おっしょさんで“すら”生まれてないほど昔の話ですよね? そんな大昔の記録なんて取れるんですか?」
「お前は一体私を何だと思っているんだ」
「生ける化石――いえいえ、語弊がありましイデェッ!!」

 ヌモはデコピンされた額を涙目で押さえた。

「さっさと薬を作ってこい、砂一粒ほども調合を間違えるな」
「砂一粒くらい間違ったって死にやしませんよ。そんなの無理ですってー」
「無理じゃない、やれ」
「えー」
「さもなくば二百人に奉仕活動をしながら徒歩で十日以内に都まで」
「サイファ嬢、お台所を拝借いたします!」

 ヌモは元気よく薬草を持って行った。
 呆気に取られていたサイファは「うん」と遅れて返事をする。
 マクタバが落ちていたショールをはたいてサイファの肩に掛ける。サイファの黒髪がふわりと揺れた。

「すまないが最後まで付き合ってやってくれないか」

 マクタバがサイファの肩から手を離した。

「ヌモは性格の歪んだどうしようもない奴だが腕は確かだ。私が念を押さなくとも薬の調合は上手い」
「はい……」

 この厳格な師匠が言うのだから本当なのだろう。サイファは医者から貰っていた薬をちらりと見て咳を一つした。ふとヌモのペンダントを持ったままだということに気付いて、マクタバに差し出した。

「あの、忘れないうちに返しておきます」
「……ああ」

 マクタバはサイファの手で温かくなったペンダントを受け取った。

「ヌモの自慢話に付き合わせてしまって申し訳なかったな」
「いいえ」

 サイファは首を横に振って微笑んだ。

「初めはびっくりしましたけど、色々な話を聞けて楽しかったです。それに……こんなきれいなペンダントは見るのも触るのも初めてだったから……とても幸せでした」
「そうか」

 マクタバはサイファの目をじっと見ていた。そのまま数秒ほどの沈黙が流れた。何か言われるのかとサイファが目を瞬かせていると、マクタバはヌモの方に鋭い視線を飛ばした。

「まだなのか」

 ヌモは悲鳴を上げてわたわたしている。サイファは必死に優等生を演じるヌモを見て笑う――笑っていたような気がする。

 サイファはベッドの中で薄らと目を開けた。離れたところからトントントンと規則正しく響いてくる音に安心して、再び目を閉じる。まぶたの裏に祖母が台所で野菜を刻む姿が見える。
 喉の痛みはましになり、深く息をしても咳は出なかった。もう大丈夫だと身を起こせば、テーブルの上にコップを見つけた。夕食の手伝いついでに洗っておこう。
 サイファはコップを手に取ると、祖母がいる台所に向かった。

「おかえりなさい、おばあちゃん」

 傾いたコップの底には、一滴の茶色い液体が揺れて流れた。

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