悉く男運のない子
 暗がりの街路樹、顔を上げることもできずただ足下を見つめてとぼとぼ歩く。ああなんでいつもこんなことばっかりなんだろう。今回こそはと張り切って、でも慎重に進めていたのに。人当たりのいい人って内面もいい人じゃないのか。いつもことだが敗因がわからない。

 美術館デートかと思いきや、その最後に気になっていた彼から、路地裏の絵画展で絵を勧められる始末。最後に謎の本を渡されながらもなんとか断って、自暴自棄になってやけ酒のハシゴして、──今。胃の中が少し気持ち悪い、最悪の気分。

 でももうすぐ自宅。マンションへ続く路上で、次こそは! なまえが自棄糞の気合いで寒空を見上げると、電信柱に立つ人影と目が合った。え、なんであんなところに、これはいよいよ酔いすぎた世界か。

「は」

 半開きの眼を更に薄めで凝らして見れば、夜風にひらりと揺蕩う暗色の羽織り。あの妙ちくりんな帽子はどこかで……。幽霊か何かかと、足を止めてじっと睨め上げると、こちらに気づいた人影がゆっくりと振り向く。

「あらこんな夜更けに誰かと思えば」

 調子のいい声は近所の駄菓子屋さんに似ている。いや十中八九あの店主の筈なのだが、どうして電柱に。酒で呆けた頭で全てを理解するのは難しかった。

「え、まさか浦原さん、なんですか」
「いやぁ見られちゃいましたねぇ」
「なんで、そんな電信柱の上に、一体どうやって登ったんですか」
「どうって下から?」
「あーなるほど」
「そうやってすぐ信じちゃうんスから、みょうじサンは」

 なんだ嘘か。どうやらまた騙されたらしい。さっきの上っ面のいい男に始まって二人目。何故自分は他人の言うことを間に受け易いのですか。

 言い負かされたように「う、」と噤んでいると、浦原さんに「今日も遅いお帰りのようで、また何かあったんスか」と含みを持って訊かれた。またって、確かに何度もお店で話を一方的に聞いてもらってはいたけれども。いろんなことが上手くいかない常習犯だと思われているようで悲しくなった。

 やっぱり。そう上で声がすると思えば、次の瞬間には地面に降り立っていた。下駄の音も響かなくて、あんな上からいつの間に飛び降りたのか。瞬きする間もなかったように思う。一つ言えることはこの人、見かけによらず運動神経がとんでもなくいい。小学生みたいな感想を確信した。

「みょうじサンがあんまり浮かない顔してるんで降りちゃいましたよ。アタシでよければ聞きましょうか? お話」

 しかもまた愚痴を聞いてくれるなんて、日頃からご近所付き合いもしておくものだ。この状況は誰かに話してしまいたい、自分の失態すら曝け出したって構わない。

「聞いてくださいよ、もうほんと最悪で……」

 ああ、今日も全然上手くいかなかった、と事の経緯を説明していく。悲しみやら怒りやら。話の山場のところで入り口まで入っていたのでそのままエレベーターに乗り込むと、自宅まで見送ってくれるようだった。
 まあ商店の常連ではあるし、胡散臭さを兼ね備えた優しき店長さんをそういう風に見ていないので別に気にしなかった。

 浦原さんも、それはそれは、と最初は同情の眼差しだったのだけれど、感情任せに先ほど渡された本を取り出すと「それ、よくあるネズミ講の手口じゃないスか……」と呆れられた。そして気になっていた彼ははじめからただの組織への勧誘なのだと思い知らされた。

「まったく」

 呆れを通り越して割ときつめな口調で。いつものらりくらりな口振りだったから店長さんの意外な態度に少し驚いた。

「なんで気づかないんスか、見たらすぐ分かることでしょう」

 まるで子供を諭すように叱られ、終いには溜息を吐かれ。愚痴を聞いてもらっていたのにいつしか泣きっ面に蜂。
 溜息も泣きたいのもこっちだよ、とは秘めつつ「は、はい、気をつけます」しょんぼりして玄関に辿り着いた。

「浦原さんお見送りありがとうございました、じゃあおやすみなさい」

 深々と一礼して家の鍵を開ける。では、と別れ際にも会釈して一歩足を踏み入れた。ところが一旦開いた扉を引いても重くて閉じることができない。

「どういう男が危ないかアタシが教えてあげましょうか」

 言って、ドアを手で押さえられた。悪びれる様子もなく。ぐっと扉に力を入れた浦原さんは閉めさせてくれない。隙間から両足を入れて部屋へ上がり込もうとする彼に、脳内で警鐘が鳴り響いた。

 ──私だってこれくらい、もう騙されたりなんかしない。

「あっあの、それくらい分かりますよ、今の浦原さんのような人です」

 なので結構です、そうキッパリと酔いも冷める勢いで言い退ければ、

「……へぇ、よぉく分かってるじゃないですか」

 いつもは気さくで戯けてる筈なのに、その眼光は鋭く、向けられた声色も冷ややかで。一瞬にして男のヒトの本性を身に感じた。男運がないから、きっと送り狼を引いたんだ、と恐怖に落胆を重ねて押し黙ってしまった。

「……これまでの行動がアタシの気持ちを知っていての行いでしたら、みすみす見逃すわけにはいかないっスねぇ」
「は、はい? それはどういう……」
「まだわかりませんか」
「いや全然状況が、──」
「あたしがなまえさんに好意を抱いている訳ですが」

 何か不満でも。とでも言いたげな、半ば横暴な態度は過信に満ちて、それでいてどこか焦燥に駆られたように口早く。脳内処理の追いつかない出来事に呆気にとられた。探し人は灯台もと暗しの如くこんなにも近くに居た、なんて。

「で、その返事は」


 ──はい、以外の答えが見当たらない。


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