ぺらりと捲ったアルバム。六才の追想は祖母の懐かしい筆跡と共に終える。ここ迄でもう六才の写真はないのか、と意識が一瞬哀しみを帯びたものへと引き戻された。けれど、思い返された情景が感傷を邪魔してうまく考えられない。祖母への悲嘆よりも困惑の方が大きくなっていった。

幼少時の追憶。保育園生と言えども憶えている事も多い。体感した事柄は説明できないほど可笑しく、非現実的。それは重々分かっている、のに。心の奥底に残っているのが彼の名前だなんて。ほんとう、可笑しいったらない。

(あの時一緒に居たのは、きすけさん)

残念ながら苗字までハッキリとは分からない。ただ下の名前はどこか亡き祖父の友人にいそうな響きだった。……と記憶している。自信はないけれど。

考えれば考えるほど曖昧になってくるものの、あの時、祖母だけは聞く耳を持ってくれたことを思い出した。
それは無事に戻ってきた直後のこと。時間感覚を勘違いしていた祖母へ、自分は数日間居なかったはずだと告げると『いづみちゃんはさっき遊びに行ってすぐ戻ってきたじゃない』と最初は相手にしなかった。終いには『居眠りして夢でも見ていたんだよ』とまで言われ。大好きな祖母に信じてもらえないことが哀しくて、あの時は涙声で言い募っていた事が思い起こされる。

『いづみ、ばあばじゃないばあばとあったの! うそじゃないもん』
『あぁごめんねいづみちゃん。意地悪したように聞こえたかい』
『……だって、しんじてくれないんだもん…』
『ひょっとしたら、あれかもねぇ。お社のきつねさんにつままれたかもね』
『キツネさんに、…なに?』
『悪戯好きのきつねさんに化かされたか、神隠しに遭うたか。昔からそういう話はどこにでもあってねぇ、』

そこから続いた祖母の小難しい昔話をぽかんと聞いていたけれど、自分が遭遇したものとは異なった言い伝えで少女が理解するにはほど遠く。最後に祖母は『きっと優しいお社さまがいづみを元に戻してくれたんだよ』と朗らかに笑った顔が印象的だった。うん、と答えると、感謝せんとね、と言って頭を撫でてくれた。

「……神隠しはきつねさん……いや、きすけさんだった」

狐という名を文字ってきすけさんだったのか? 今になって疑問が絶えない。あの装置にたくさんの駄菓子。だが外見はヒトで狐ではなかった。どちらかというと狸のような、垂れて緩んだ顔のイメージの男。相手を化かすという意地悪そうな印象はなかった。ただ、彼と共に過ごしたはずの日数が一日すら経ってなかったのも恐怖でしかないし、いや、そもそも彼自体が奇妙で恐ろしすぎてヒトかどうかもわからない。ぞっと悪寒がした。

(夢だと思ったりもしたけど、これでもかってくらいお菓子もらったしなあ)

最後に貰った、数日は持つほどの甘菓子。きっちり全て食べ尽くしたのだから一方的に否定もできまい。
あとお菓子の他に何かをもらったはずだが、あまり印象になく。きっとどこかで失くしたのだろう。それがどういったものか見憶えすらないが、子供用の駄菓子に付いていた玩具か何かだろうと思い込んだ。

「はあ、駄目だ……ぜんっぜん仕分けが進まない」

でもこのアルバムだけはもう少し見たい、と再び次の年へ更に翌年へと眺めていく。小学一年生から順々に大きくなっていく自身の姿を見て、祖母の大きな愛情を感じた。また目頭が熱くなっていく。鼻を小さく啜りながら辿り着いた最終学年。

(あの夏休みは確か、高学年あたりから塾や習い事が入ってて……六年生で久しぶりにおばあちゃんちに来たんだっけ)

中学受験を受けさせたかった母親の意向で夏休みを返上させられそうになったが、そこを何とかと懇願して過ごさせてもらった。この素敵なアルバムを見れば、来て良かったのだとあの時の決断を肯定できる。そんな事情を思い返しながら眺める想い出の写真の隣には『いづみ、十二才』と綴られていた。

──小学生最後の年、赤い鳥居の近く。ぼんやりと浮かぶ記憶の欠片。いや、あの時は何故だかその社へ行けなかったのだ。

「あ……。私、もう一回会ってる、あのひとに」

あれは確かに十二才だった。ああなんで忘れてしまっていたのだろう。まるで封でもされていたかのように。単に忘れていただけなのなら、生き急ぐ自分は両親のことを言えないなあと反省しつつ。再び懐古へと沈んでいく──。


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