その感情の名はの続き


囁いた言葉の意味は


「悪かったな、クリスマスなのにわざわざ呼び出して」
「構いませんよ」

 申し訳なさそうに謝り、今し方自分が渡した書類を開いているのは同盟ファミリーのボスであるディーノだ。書類をキャバッローネまで届けて欲しいと綱吉から頼まれ、特に急ぎの任務も無かった為二つ返事で引き受けた。
 目の前に座る金髪の男は三十代には見えない程に若い風貌をしており、とてもファミリーのボスには見えないなと思う。

 少し温くなった紅茶を啜ると口内に上品な茶葉の香りが広がる。これでチョコレートがあればいいのに、という考えは頭の隅に追いやった。

「よし、確かに受け取ったぜ。ツナに言っといてくれな」
「分かりました」

 書類を見終えたらしいディーノはそれを封筒にしまい、同じように出されていた紅茶に手を伸ばした。きっと温くなっているのだろう。

「そうだ、今日キャバッローネでクリスマスのパーティーをやるんだ。折角だし参加していかないか?」
「パーティー、ですか」

 再び口を開いたディーノは至極楽しそうな笑みを浮かべてそう提案して来た。
 瞬間、白蘭の顔が頭に浮かんだ。何時でも良いからミルフィオーレに来てくれ。そう言われた言葉が頭をよぎる。

「どうする?」
「…遠慮しておきます。これから予定がありますので」
「珍しいな、彼女か?」
「居ませんよ。面倒くさい」
「面倒って、お前なあ…」

 そう言って苦笑してはいるが、この男の浮いた話は一度も聞いた事がない。もう良い歳だというのに。まだファミリーとクリスマスパーティーなどと浮かれている。そんな事より嫁探しをした方が今後のファミリーの安定の為にも有意義な筈だ。そう考えたが寸での所で言葉を飲み込んだ。

「もしかしてツナ達とパーティーでもするのか?」
「違います。ミルフィオーレのボスと約束があるんです」
「ミルフィオーレって、白蘭か?なら尚更珍しいな。お前達仲が良かったのか?」

 そう尋ねられ返事を思案したが、特に仲が言い訳でもないと思った。寧ろ接点など限りなく少なく、会ったら話す程度の関係である。なぜそんな相手とクリスマスを過ごす事になったのか何て此方が聞きたい。本当にあの男は何を考えているのか分からない。
 それなのに少しだけ、本当に少しだけ、楽しみだ、と思っている自分がいる。本当にどうしてしまったのだ、自分は。 

「ま、予定があるならしょうがねーな。また遊びに来いよ」
「ええ、気が向いたら」

 そう言ってソファーから立ち上がりコートを羽織る。ではまた、と一言告げて部屋を出ようとすると後ろから、良いクリスマスを、と声を掛けられた。それに薄く笑みを返し、今度こそ部屋を出た。


 携帯を開くと時刻は17時を少し過ぎた所だった。
 とりあえず綱吉に連絡を取ろうとフォルダを開き電話を掛ける。数コールの後、男にしては高めの声がノイズと共に鼓膜を震わせた。

『もしもし』
「骸です。今、書類を渡して来ました」
『ああ、ありがとう。ごめんな折角のクリスマスなのに。白蘭と予定があるんだろ?』
「…何故それを」
『この前打ち合わせをした時に聞いたんだ。凄く嬉しそうに話してくれたよ』

 ああ、あの時か、と思わずため息が漏れそうになった。言いふらしてどうする。別に隠す事では無いにしろ、普段接点のない自分たちがクリスマスに約束をしているなど、大変に珍しいというのに。現にディーノには驚かれた。

『結構前から骸と仲良くなりたいって言ってたからなあ』
「は?」
『あれ、知らなかった?』

 聞き捨てならない科白が耳に入り、思わず間抜けな声を発してしまった。仲良くなりたかったなど聞いた事がない。ましてやそんな素振りを見せた事も。驚きで声を出せないでいると、綱吉が続けて口を開いた。

『まあ楽しんで来てよ。今日はこのまま終わりでいいから。』
「分かりました」
『じゃあね、良いクリスマスを』
「…ええ、」

 電話を切り、次は白蘭にメールをしようと受信ボックスを探った。暫くすると名前が登録されていない英数字の文字列だけのアドレスが表示され、それを開いて返信ボタンを押す。
 今から行きます、と打ち送信しましたという画面を確認した後携帯を閉じた。

 先程の綱吉の言葉が頭で繰り返される。別に気まずい事などないのだが、何となく白蘭に会う事に緊張する。

 ミルフィオーレまではどうやって行くのだったかと考えながら、車に乗り込んだ。



20101225






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