街の灯りが消える頃の続き


その感情の名は


 気がついたら自室のベッドの上だった。昨日は確か成り行きで白蘭と食事をして、クリスマスを一緒に過ごそうと誘われた。そこまでははっきり覚えているが、それ以降の記憶が曖昧でいまいち思い出せない。今ここに居るという事は自力で帰宅できたという事なのだろう。確信はないけれど。
 まだ覚醒しきらない頭でそれだけ考え、シャワーでも浴びようかと体を起こす。
 ふと隣に放られていた携帯に目をやると、それは着信を知らせるように点滅していた。急ぎの電話だといけないので仕方なく携帯を開くと、電話ではなくどうやらメールを受信しただけのようだった。

おはよう。
ちゃんと帰れた?

 アドレスは見覚えのない羅列だったが文の内容を読むと、すぐに相手が頭に浮かんだ。多分白蘭だ。
 いつアドレスを交換したのか全く覚えてがないが、昨日は大分酔っていたのでただ単に覚えていないだけなのだろう。
 ご心配なく。それだけ返信し、今度こそ風呂に向かった。






「失礼します」

 小さく二回ノックをした後、入室の許可を得てから重い扉を開ける。そこにはこの部屋の主である綱吉と、何故か白蘭がソファーに座り話していた。
 どうしてここに?一瞬そんな疑問が浮かんだが、同盟を結んでいるファミリーのボス同士が話をする事は特に珍しい事でもないと納得した。

「あ、骸クンだ。昨日ぶりー」
「こんにちは」

 え、昨日振り?と頭に疑問符を浮かべている綱吉には目を向けられなかった。別に隠す事でもないのだけれど。

「綱吉君、忙しいようなら後で出直しますが」
「え、あーそうだねえ」

 無理やり話を逸らして尋ねる。先日の任務の報告書を提出しに来ただけなので、幸い急ぎの用事ではない。そう提案すると綱吉は少し考える素振りを見せて、白蘭の方へ目を向けた。

「僕は別に気にしないよ、そこまで重要な話でもないしね」
「そう? じゃあ骸ここで待ってる?」
「いえ、結構です」

 一度部屋に戻りまた出直すと告げ、その場を後にした。後ろから居ればいいのにーと言う声が聞こえたが、振り返らなかった。
 何となく、白蘭と同じ場所に居るのが気まずい。絶えず送られるあの笑顔が頭から離れない。


 骸クンの事、もっと知りたいし。
 お願い。

 もう何度もその言葉が頭の中で繰り返されている。別に深い意味など無いのだろうが。どうしてしまったというのだ、自分は。昨日から白蘭の事が頭の隅にひっかかる。
 休む事なく動かしていた足を止め立ち止まる。おかしい、これではまるで。

「骸クン!」
「…白蘭、」

 突然名前を呼ばれた事に驚き肩が震えた。
 何で出てっちゃうのさ。そう言いながら追いかけてきた事に動揺しながらも、それを表に出さないように必死で平静を保つ。
 何故この男はこんなにタイミングが悪いんだ。話はもういいのか、そう聞いてやると、もう終わったからと返された。

「昨日、帰れるか心配してたんだよ。結構酔ってたから」
「ご心配なく、と返信した筈です。それ以前にアドレスを交換した覚えが無いのですが」
「えー骸クン酷いー」

 そんな事、本気で思ってないくせに。この男は何を考えているのか分からない。
 そもそも何故追いかけてきたのだろうか。白蘭が自分に構う理由は一体何だ。偶然街で会っただけでクリスマスを一緒に、と誘ってきたり、メールだってそうだ。今までそんな間柄ではなかったのに。
 その理由として、ただ単に彼女と別れて寂しいからとか、酔っている相手がちゃんと帰宅出来たか心配だったという考え方をしてしまえばそれまでなのだが。

「24日さ、取りあえずミルフィオーレに来てくれない?何時でもいいよ」

 放たれたそれにやはり昨日の言葉は本当だったのだと悟る。男はずっと笑っている。でもその笑みは今まで見てきた胡散臭い作り笑顔なんかでは無く、普通の笑顔だった。そんな白蘭を見るのは初めてで少したじろぐ。
 なかなか返事をしない事を疑問に思ったのだろう。骸クン?と不思議そうな声で名前を呼ばれ、慌てて言葉を返す。
 分かりました。ただそれだけの返事なのに、白蘭は凄く嬉しそうな顔をした。

「じゃあまたね」
「ええ」

 遠ざかっていく背中を見つめ、小さく溜め息を吐いた。一気に体中の力が抜けた気がした。無意識のうちに緊張していたようだ。

 今度こそ報告書を提出しに行こうと、再び綱吉の執務室へ向かって歩を進めた。自分の心音が普段より幾らか早くなっている事には、気づかないふりをして。


20101222






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