まだ付き合ってない
ボンゴレとミルフィオーレが同盟関係


街の灯りが消える頃


 吐いた息が白い。すっかり冷え切った手をコートのポケットに突っ込んで、色とりどりのネオンでライトアップされた街並みを眺めながら帰路を歩いていた。12月も中旬にさしかかり、すっかりクリスマスムードに浮かれた街は、毎日飽きもせずに煌びやかに照らされ、それに少しだけ目を細める。
 今日は仕事ではなく久しぶりに外出した。特に欲しいものがあった訳ではないが、最近仕事が忙しくなかなか一人の時間を作れなかった為、それなりに有意義な時間を過ごせた。
 辺りを見回すと自分と同じように帰路を急ぐ人達が目に入り、たまに肩に当たってくる事に多少苛々しながらも、ちょうど帰宅が集中する時間だったなと考えて諦める。

 そろそろ腹が減った。こんな人混みはさっさと抜け出して帰ろう。早く帰宅する為に、いつもなら通らない少し奥まった道を選んで歩いた。此方の道の方が早く帰れるというのは先日、任務で赴いた時に発見した。
 上品な色合いのランプや店の看板の横を足早に通り過ぎる。
 ふと、何気なく視線を上げると、視界に見覚えのある人物が入り込んできた。いや、それと後一人。

 別に見ようと思った訳ではない、決して。でも考えてみて欲しい。如何にも高級感の漂う店の目の前で、知り合いが、しかも女と言い合いをしていたら無条件で視線を送ってしまうのは致し方ない筈だ。
 女は凄い剣幕で怒鳴った後、平手打ちをして去って言った。残された男は叩かれた頬を撫でながら溜め息を吐いている。

「無様ですね」
「あれ、骸クンじゃん」

 別に、そのまま立ち去れば良かったものを、何故だか声を掛けてしまった。しかし男は今し方女と言い争っていたとは思えない程に落ち着いた声色だった。

「いいんですか、追いかけなくて」
「あーうん」

 別に、遊びだったし。返って来た返事にそれならば自業自得だろうと思った。口には出さなかったが。他人の女性関係に口出しをする気はさらさらない。

「骸クンは何でこんな所に?もしかして任務かな?それにしてはラフな格好だけど」
「今日は私情ですので」
「ふーん、そう」

 興味があるのか無いのか、多分無いのだろうが、気のない返事をしながら尚も少し赤くなった頬を撫でている。
 少しの沈黙。声をかけた事に早くも後悔しながら、ではまた、と踵を返した。これ以上一緒にいる意味もない。

「ねえ、骸クン」

 不意に呼び止められ振り向くと、白蘭は満面の笑みで此方を見ていた。この男の本性を知らない人が見たなら人が良さそうだと思うのだろうが、腹の底の真っ黒な部分を知っている此方としたら、胡散臭さしか感じられない。

「一緒に飯行かない?」
「は?」
「あ、もう晩飯食べた後だったり?」
「まだですけど」
「じゃあ決まり」

 行くよ、と半ば強制的に店まで連行された。別に本気で抵抗すれば振り切る事など造作もないだろうが。まあ腹は減っているし、白蘭におごらせてしまえばいいと考え後を付いて行った。




「好きなの頼んでいいよー」

 少し暗めの照明、落ち着いた店内。連れて来られた店は高級感が漂っており、窓からは夜の夜景が一望出来る。
 女を連れてきたりしたのだろうかとつまらない考えが頭をよぎったが、掛けられた言葉にそれは頭の隅に追いやった。好きな物を、という言葉に甘えてこれでもかという程に高い酒と料理を注文してやった。この男からしてみたら大した事のない金額なのだろうが。

「何故、僕と食事をしようと思ったんですか」
「うーん、気分?」

 柔らかく笑ってワインを口に運ぶ姿は同性の自分から見ても様になっていると思った。それでも先程のように女と修羅場に陥るのは、やはり性格の問題なのだろうか。

「彼女いたんですね」
「ん?」
「さっき」
「ああ、振られたけどね。おかげで寂しいクリスマスになりそうだよ」
「そうですか」

 白蘭はそんな事少しも気にしていないような風で窓の外に目を向けている。イルミネーションきれいだねー、と何とも間抜けな声を出しながら。

「骸クンは居ないの?」
「は?」
「彼女」
「ああ、いませんよ。面倒くさい」
「骸クンらしいね」

 じゃあお互い一人で寂しいクリスマスを過ごす訳だ。そんな言葉を聞き流しながら自分もワインを口に含む。高いだけあって、口に広がる味は悪くない。
 一つ勘違いしないでもらいたいのは、過ごす相手が居ないのではなくて、いらないだけだ。それにクリスマスだからと言って誰かと過ごす必要性が理解できない。別に寂しいクリスマスだと感じる事もないのだと告げると、また骸クンらしいと言われた。

「じゃあ、クリスマスは何も予定がない訳だ」
「まあ、そうなりますね」
「僕と一緒に過ごそうよ」

 告げられた言葉を最初は上手く呑み込めなかったが、たっぷりの間を置いてやっと理解した瞬間、同時にこの男は一体なにを言っているのかと呆れてしまう。

 大の男がクリスマスに二人で過ごすというのはどうなのか。それ以前に白蘭とは友人でもましてや恋人でもない。同盟ファミリーのボス。ただそれだけの関係だ。今この場で共に食事をしているという状況すら珍しいというのに。

「ね、いいじゃん。骸クンの事もっと知りたいし」

 知ってどうすると言うのだ。相変わらず心の読めない胡散臭い笑顔を浮かべているし、何を考えているのか分からない。でも放たれる声色は真剣で、思わず視線を逸らした。

「お願い」

 きっと、どうかしていたんだと思う。飲んだ酒が思ったよりも体に回っていたのかもしれない。そうでなかったら、決して承諾などしなかった筈だ。
 お願い、と言う言葉に絆された訳ではない。断じて。



20101216


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