生前の名前は橘サクラと云うどこにでもいる平凡な女だった。
輪廻転生など信じない現実主義者だった私は、皮肉にも前世の記憶を保持したまま生まれ変わった。
転生した際に記憶ごと抹消してくれれば良いものを…と何度恨めしく思った事か。
七地サクラとなってから絶対に災難に巻き込まれる事は必須事項な気がしてならなかった。
幼少の頃からあの世の存在が視えたり、人ならざる存在の声が聞こえたりと苦労が耐えない。
兄が持つ清浄な気のお陰で日々を遣り過ごしてはいるが、いつかは離れる事になる。
旅行鞄に必要最低限の荷物を詰め隣で作業していた兄を見た。
「健ちゃん、用意出来た?」
兄の大学の先輩である江馬さんにバイトを頼まれて承諾した先が出雲だったとは、私は内心溜息を吐く。
物語が始まったのだ。
「サクラ、こっちは準備出来たよ〜」
のほほんと人好きのする笑顔を浮かべる兄に
「飾太刀を奉納するんでしょ?」
立て置かれた飾り太刀を手に取り旅行鞄の隣に置いた。
七地家に代々伝わるこの太刀を恐れる事なく手に取る事が出来るのは、私と兄の健生のみ。
宝の持ち腐れもあるだろうけど、神剣の畏怖から逃れたい気持ちの方が大きいのだろう。
出雲へバイトに行くと分かった途端、父方の祖母より太刀を奉納してくるように頼まれた。
布椎家に関わりたくないし、兄を関わらせたくない。
しかしそうも言ってられないだろう。
忌々しくも七地家は刀の研磨を生業としていた。
祖父はその道の名人として名を馳せていたという。
しかし第二次世界大戦中の東京大空襲で家は焼け、祖父も亡くなった。
父は普通のサラリーマンとなり刀を扱っていた祖父の形見として残されたのが神剣の水蛇。
世界存亡とかよりも家族が大事だ。
万が一、家族に危害が加わると判断したら神剣だけ置いて東京に戻ろうと心に決めた。
<廻り出す宿命にどう諍うのか、神の手で躍っている少女は何を思うのでしょうね? 著者:語部少女>
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