▼ 9 最終話 運命の卵
騎士団長ディルクの出産から数日後。
卵を一緒に温めていた俺のもとに、再び神官の魔の手が伸びてきた。
全ての卵を奪われ、騎士たちから遠ざけられ、絶望の中で叫び声を上げる。
「ああーー! 卵返せ、聖騎士たちを俺に返せー!!」
前世での生を終え、伝説の神鳥王として生まれ変わり、異世界へと召喚された俺は、ただの種馬として利用され捨てられてしまったのか?
大げさに床に手をつき怒りで震えていると、広間の大扉が重々しく開かれた。
振り返れば、側仕えの美少年二人と護衛の騎士が、険しい顔立ちで立っていた。
「神鳥王さま、神官がお呼びです。準備が整いましたので、運命の間へとお越し下さい」
運命の間ってなんだよ。
大いに訝しむが、この軟禁状態から抜け出せるなら何でもいい。
俺は大人しく彼らに従い、部屋を出た。
洋館の長い廊下を歩き、そびえ立つ重厚な両扉の前で立ち止まる。
護衛の騎士に促され、恐る恐る中へ足を踏み入れると、そこは分厚い赤いカーテンに覆われた大きなホールのような場所だった。
中央にまるで王の玉座のごとく格調高い椅子が置かれ、少し離れた場所に四人の騎士たちが跪いている。
周りには白装束の神官集団、そして黒いフードで顔を半分覆った怪しげな女もいた。
「お前たち、無事だったのか!」
真っ先に騎士らに声をかけると、皆一斉に顔を上げた。
「スグル様……!」
「スグル兄ちゃん!」
「……王!」
「よお、スグル。これは一体何の茶番だ」
目を輝かせるワンコ系騎士セアムや弟のキリアン、服従騎士のヘクターとは違い、団長のディルクだけが呆れ顔を向けている。
ああ、なんて可愛い奴らなんだろう。皆のことを今すぐ抱きしめたい。
会場のピリッとした空気に構わずウズウズしていると、神官代表がずいっと前に出てきた。
「さあ神鳥王。玉座へとお座り下さい。只今より、運命の卵の発表をいたします」
「なんだと? お前よくも俺の卵を盗んだな、この詐欺野郎。さっさと会わせろっ」
非難しつつ椅子へどかっと腰を下ろすと、銀の紋章が輝く四つの箱を乗せた台が現れた。
俺と騎士たちの間に置かれ、残りの人々もわらわらと集まってくる。
この箱の中に、孵化した雛たちが入っているのか。
騎士らと視線を交じらせ、ごくりと喉を鳴らす。
「ではとくとご覧あれ、こちらが神鳥王と聖騎士たちの雛鳥であられます!」
仰々しい神官の一声とともに、全ての箱が開けられる。
中から出てきたのは、ぴよぴよと鳴く金色の羽毛がまぶしいひよこ達だった。
「わあー! やべえ、可愛いっっ!」
俺が大声を張り上げると、騎士たちは皆顔をほころばせ、ちょっと照れたような面持ちになった。
一匹ずつ幸せな思いでその姿を眺める。
「お、セアムの雛は一番動き回ってるぞ。元気そうだな」
「はい、スグル様。夜も中々寝つかないんです。ご飯もよく食べるし」
嬉しそうに話す騎士はすっかり親の顔つきになっている。
こんなガタイの良い騎士から小さな雛が生まれたなんて、誰が信じるのだろう。
「キリアン。お前の雛気怠そうに昼寝してんじゃん。お前そっくり」
「え……そうかな? でも表情とか兄ちゃんに似てると思う」
まじまじと見比べながら照れた顔をされるが、ひよこに似てると言われ少し反応に困る。
大事な子には変わらないが。
「ヘクターの雛は行儀ただしく座ってるな。人間で言えばまだ乳児なのに、さすがお前の子だ」
「お褒めいただき光栄です、王。今から教えられることは教えるつもりです」
騎士は臣下のように胸に手を当て礼をした。
おいおい赤ん坊っつうか雛にどんな教育する気だ、こいつは。
それぞれの雛たちは外見は同じだが性格が表れていて、みな愛らしい。
でも目の色は騎士たちの遺伝らしく多色が揃い、個性があり嬉しくなった。
「なあ神官、こいつらも俺みたいに人型になれるんだろ?」
「もちろんです。生後三ヶ月ほどで、人と変わらぬ姿に変化出来ると思われます」
「へえー楽しみ。つうか性別はどっちなんだろう」
和気あいあいと喋っていると、ある事に気が付いた。
「あれ、ディルク。お前の雛どこ? なんで一人だけ箱被ってんだ」
「お前ら、随分楽しそうにやってんな。ちょっと疎外感感じたぞ。……スグル、俺の雛は今から孵化するんだ」
え!?
びっくりして目を見張るが、確かに最後の騎士ディルクだけ出産が遅かった。
しかしもう一つ問題がある。
「ふふ。お気づきですか、神鳥王。ご覧になった雛鳥たちは皆どれもほぼ同じ外見です。その上、預言者の調べによると、全員が王の絶大な加護の力を備えています。それは良き事ですが、逆を言えば、同一すぎてどれが運命の卵なのか分からないのです……!」
力説する神官の前で、俺たちはあ然とする。
分からないのかよ。ざけんなよ。
だがそう考えると、残りの一個なのかーー?
皆の視線がディルクへと集まるが、騎士は平然と表情を変えない。
「へえ。じゃあ俺のが運命の卵か。まあどっちでもいいけどな。ほら見てみろよ、こいつもうすぐ孵化するぜ」
箱をぱかっと開けた騎士に注目した。
黄金色の卵の殻が割れかかり、パリパリと音を出している。
も、もうすぐだ。
この雛が将来の勇者となるのか?
固唾を飲んで見守ると、体を丸めたり伸ばしたりする小さな雛が姿を見せた。
「あ、ああ! 出てきた、可愛い! よしよし、お父さんだぞ〜」
感動的な場面に舞い上がっていると、周りからもどよめきが響いた。
だがよく見てみると、雛は黒目なとこ以外、羽毛も金色で他のと何も変わらない。
そんな時、静かに様子を見ていた黒フードの女が近づいてきた。
俺の勘だが、こいつがたぶん預言者だろう。
「これは……神鳥王、この卵は……運命の卵ではありません。他の雛と同等の力をもっています」
涼やかな声だが動揺が走っている。
そうか。
まあなんとなくそんな気はしたが。
「ど、どういうことだ、預言者どの! 膨大な時間と金をかけた計画が……では我々は一体どうすれば……!」
本音をこぼし取り乱す神官。
混乱の矛先が俺に向けられ、奴は不自然に咳払いをした。
「では仕方ありません。この四人の子たちの中から、王自ら運命の後継者を決めて頂きます。よろしいですね?」
はあ? 今度は運命の後継者かよ。
このジジイ、さっきからお祝いムードに水差しやがって。
「それは難しいな。俺がこの場の皆を平等に愛しているように、誰か一人を特別扱いすることなど出来ん。……あ、そうだ。もう全員勇者でいいんじゃないか。たくさんいたほうが力が集まりそうだし。聖卵フォーレンジャーとかいって、はは」
場の空気をなごませようと言ってみたが、皆ポカンとしていた。
しかし見かねた服従騎士、ヘクターが助け舟を出した。
「王に同感です。この子らは言わば兄弟ともいえる仲だ。力を合わせ協力していくのでは。そうだろう、皆」
「はい、俺もそう思います。一人より四人のほうが助け合えるし、親としても心強いというか。な、キリアン」
「だよな。優劣つけなくてもいいんじゃないか、皆スグル兄ちゃんの子だから。団長はどうだ?」
「おい、俺はお前の団長じゃねえぞ。……まあいいけどよ。つうかなんだ兄ちゃんて。どんな性癖してんだお前」
「……は? 別にあんたに関係ないだろ! ふっ二人で決めたことだ!」
団長の指摘にキリアンが顔を真っ赤にして怒り出す。
いや俺が呼ばせちゃってるんだけどね。あいつも嫌じゃなかったのか。
「あの、二人とも喧嘩しないでくれ。スグル様の前では仲良くしようって話じゃ……。ヘクターさんも止めてください」
「セアム。私もこの男の王に対する態度には、常々我慢ならなくてな」
「あ? なんか文句あんのか。王室付きの騎士だかなんだか知らないが、お高く止まってるよなぁお前」
「……なんだと? 貴様も上に立つ者ならば、手本となるような振る舞いをしたらどうだ」
やばい。
うまく話がまとまりそうだったのに、四人の騎士たちの空気があっという間に険悪になっている。
俺様タイプの団長のせいじゃないか、これ。
汗だらだらの俺のもとに、ひっそりと神官が近づいてきた。
「神鳥王。本気ですか? 彼ら四人を皆、勇者にするというのは」
「え、ああ……なんか今から心配になってきたが、それしかないだろ。俺がなんとかまとめるからさ、はは……」
「そうですか……では最後にもう一つだけ。正室はどなたになさいますか? 公式の場に四人も騎士を引き連れるわけにはいきませんので。どうかお気に入りの聖騎士をお選びください」
は? 正室だと?
この神官、何故これ以上火に油を注ぐようなこと言い出すんだよ。
しかし話を聞いていたらしい騎士達は、一斉にこちらに振り向いた。
なぜか皆尋常じゃないほど切羽詰まった表情をしている。
そんなに気になるのだろうか。
俺の意思は結構前から決まってるし、皆にも伝えてきたつもりなんだが。
「悪いな、神官。俺の概念には正室も側室もないんだ。何度も言うようだが、上も下もない。全員をこの手で愛すると決めている」
都合がいいと言われようが、それが俺の理想とするガチムチハーレムなのだ。
皆しんとしていたが、やがて騎士たちのホッとした表情を見て、受け入れられたのだと分かった。
「スグル様。俺、困らせたくないって思ってたけど……あの、スグル様は俺にとって、全部初めてで……他の人がいてもいいから、時々俺とも一緒に、過ごしてくれますか?」
セアムがなぜか泣きそうな顔になって、俺のそばにやってきた。
思わず胸がときめいた俺は、頭をぽんぽんと撫でる。
「うん、一緒にいるよ。責任取るって約束しただろ? お前はもうちょっと俺を困らせてもいいぐらいだ」
俺の言葉に安心して笑みを浮かべた騎士が離れると、今度は背中にどすっと衝撃を受けた。
顔を向けるとキリアンが張り付いていた。
「俺も本気だ、スグル兄ちゃん。だから……捨てないでほしい」
「何言ってんだ。弟を捨てる兄なんていないだろ。変な心配すんなよ」
もうすっかり兄弟が板についた俺たちは、優しく微笑み合った。
すると少し離れたとこに立っていたヘクターが俺のもとに歩み寄り、片膝をついた。
「王よ。どうか私をお側に置いて下さい。いかなる決断にも従い、生涯をかけてお守りすると誓います」
「ヘクター。別に普段は従わなくていいから、もっとお前のくだけた感じも見せてくれないか?」
からかうように問いかけると、騎士はいつものように顔をサッと赤らめた。
「おい、何なんだこの恥ずかしい光景は。お前らマジでやってんのか。……スグル、お前はとんだ男たらしだな。本当に四人も責任取れんのかよ」
呆れ口調だが、ディルクの目元はいつもより柔らかかった。
素直じゃない騎士から、四人という言葉が出たことが嬉しい。
「ああ、もちろんだ。お前たちは俺が死ぬまで面倒見てやる。覚悟しろ」
不死鳥だからたぶん死なないけど。
まあそれだけ強い気持ちということだ。
納得のいかなそうな神官を尻目に、俺たちはそれぞれに固い絆を感じていた。
ああ、ここへ来て良かったと、心から思う。
前世から抱えていた欲望が実を結び、俺はハーレムエンドを手に入れたのだ。
騎士たちという大きな幸福と、小さな雛鳥たちを抱えて。
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