Otherside | ナノ

▼ 6 上級の力 ※

ベルンホーンは兄弟の家のソファに足を伸ばして寝転がり、片腕は頭の裏へやって目を閉じていた。
斜め前にある椅子にはシスタが腰かけ、考え事をしている。

転生者エルゲは遠くの壁によりかかり、じっと悪魔から目を離さないでいた。
そんな彼らを観察する兄弟のうち、アディルは兄にこっそりと耳打ちする。

「あいつ、いつまでうちにいるんだよ。すげえ息が詰まるんだが」
「……ああ。奴は神経を研ぎ澄ましているのかもしれない。危険が迫っているというのは確かだろう」

そうでなければ、わざわざ冥界一層の上級悪魔が好き好んで人間の領域に留まるとは思えなかった。

シグリエルの予想は当たり、数時間して突然ベルンホーンは起き上がった。
緊張感が持続していた者らも一斉に挙動を追う。

「来たな、近くにいる。中級が三体だ。お前達は家から出るなよ。邪魔せずここにいろ」

銀髪のすらりとした男が一人で玄関扉から出ていこうとした時、奴隷の青年に振り返った。

「シスタ、お前は屋上にでも行って俺の格好いいところを見ていろ。すぐに終わるからな」

余裕のウインクをし、ぱたんと扉が閉められる。
シスタは呆気にとられたが、皆と顔を見合わせた。本当に信用していいのかと騒然となる。

だが、間もなくして外からのドンッーーという轟音で家が振動し、兄弟は急いで皆を引き連れて確認に向かった。

ここは広大な私有地の森林だ。多少戦闘が起きても問題はないが、もし悪魔同士が実際にやり合うのなら魔術師らはその目で見なければ気が済まなかった。

シスタは屋上に飛び出て、建物を繋ぐ橋の上から空の光を見た。
魔族は夜目が効き暗闇でも鮮明に遠くが見える。

「……本当に三体いる、黒い悪魔が戦っているぞ!」

一匹でも恐ろしい存在の悪魔が、なにやら揉めている話し声が聞こえた。

「おい、やめておけよ、上級には敵わねえ、もう行こうぜ!」
「うるせえ俺達のほうが多勢だ! てめえ、ディーエの居場所を教えろ! てめえが後ろで糸引いてた野郎なんだろうッ」

中心の中級悪魔ゲイシーが半狂乱で肉体を角が生えた黒い二足歩行の獣に変化させる。筋骨隆々な手に力をため、完全な臨戦態勢だ。

及び腰だった他のニ体は、それを見て瞬時に上級の反撃を恐れ自分たちも同様に変化した。

シスタは手に汗握り見守る。
彼らから離れた前方にいるベルンホーンは人化したままで気配は朧だ。
上級は中級の三倍以上の力を持つと言われているが、段々と不安に襲われた。

「あのやかましい中級か。もう殺したよ。俺の獲物を狙うからだ。馬鹿なヤツが」
「……なッ……なんだと……同族を殺りやがったのか……? 違反行為だろ、この、許せねえッ……!!」

三体は真っ黒な光を放ち、宙に浮かび高速で攻撃を放ち始めた。
ベルンホーンはそこにいなかった。
ただ鋭い閃光弾が爆音と混じり、三つの光が夜空に飛び交っていた。

「ふっふっふ……俺とお前達を同格にするなよ。攻撃してきたからには覚悟があるんだろうな? もう逃げられないぞ。全員地の果てまで追ってやるーー」

暗い底から鳴り響いた声はもう彼のものではなかった。
地面が揺れ、シスタは橋に掴まる。
すると森林の一部が円状に切り裂かれ、地面に穴が開いて崩落した。

悪魔たちはそこに引きずられ強風の渦にのまれていく。
だが三体は深淵からふらふらと上空へ舞い上がって来た。体は裂傷だらけで黒い血を流している。

「ふふ、しぶといな。まさに蚊のようだ。ああ俺は蚊が大嫌いでな。殺しても殺しても翌日には同じ場所に出てくる。些細な存在なのに永遠に葬ることができないんだ」

宙に浮いたベルンホーンはバリッバリッと頭の割れる音を轟かせて変化し始めた。

「!!」

屋上で見ていた人間達はその場にいられぬような恐怖と息苦しさに悶える。

黒い巨大な悪魔は翼だけで住居の数個分もあり、黒角の生えた頭部は鳥獣のようだが体は黒竜に似た生物だった。

翼にはおびただしくつららが下がり、溶けてキラキラと粒が舞う。
シスタはそれを一瞬、綺麗だと見とれてしまった。

「さあ、俺に一度殺されることを栄誉だと思え。中級」

ベルンホーンは翼をひらりとはためかせ、禍々しい爪を開き膨大な暗黒光線を放出した。それが三体の中級の体を貫き、息を絶えさせるまで穴が広がり続ける。

断末魔はここまで聞こえてきた。皆その光景を見て立ち尽くす。

やがて光線は止み、代わりに三つの青白い魂が獣の胸に吸い込まれていく。
巨大な悪魔はこちらに方向を向けた。
今やられたら、一息で皆死んでしまうと全員悪夢に襲われた。

悪魔は橋の縁に足の鉤爪で止まり、シスタを見ている。緑色の瞳を前にして、奴隷は体の震えを手で押さえた。

「ベルンホーン」

呼ぶと、黒獣は突如光の粒になり姿を変えていく。
それは黒い血に染まった銀髪の青年を形作った。
顔やら首、手足からぽたぽたと落ちているが、中級の返り血ではないと感じた。

「シスタ。どうだった? 怖かったか?」
「…………いや、……ああ。少しな……」

嘘をつくのも恐ろしく、まだ鼓動がやまない心臓に、ベルンホーンの温かい胸板が押しつけられる。
ぎゅうっと抱擁をされて、自分はとんでもない上級悪魔の奴隷になったのだと痛感した。

「早く家に帰ろう。もう地上に用はない」

穏やかな声に誘われる。
ベルンホーンは後ろの人間達を見やった。

「エルゲ・ヴィレイニ。こうして既成事実を作り続ければお前の魂がいつか手に入るだろうか? ふう。お前もシスタも、高くつく男だな」

台詞に棘はなく、優しい手つきでシスタを愛でる。
そのまま二人は転移魔法に包まれた。

焦ったシスタは振り返る。
アディルも時間がないと叫んだ。

「あっシスタ、またいつでも来いよ! それとありがとな!」
「ああ、皆にもよろしく伝えてくれ、フィトにもだーー」
「おう伝えるぜ!」

不死者の弟の返事が聞こえる前に、二人は冥界へと帰ってしまった。
残された者達は、無事に戦いが済んだことには安堵していたはずだが、深い穴がぽっかり開いた森の惨状にどう反応していいか分からなかった。





屋敷へ帰っても、上級悪魔はまだ興奮した様子で気が立っていた。

「ブルード。掃除しておけ」
「かしこまりました」

突然廊下の隅に現れた老齢の執事にぎょっとするも、シスタは後ろを歩いていく。

「ベルンホーン、大丈夫なのか」
「今度は俺の心配をしてくれるのか。シスタ、今日のような無茶なことは二度と言うんじゃないぞ」

にっと笑まれて、一階の浴室扉から閉め出される。
一人で入浴する悪魔のことが青年は気になっていた。だがどうすればいいか分からず立っていると、扉がまた開いた。

男の裸体に目が釘付けになる。スリムな筋肉質で無駄のない完璧な肉体だが、肌の見えない穴から黒い血がまだ流れ出ていた。

「これは……どうしたんだ? なぜ止まらない」

不安げに指摘する青年の服に手をかけ、悪魔は脱がせる。まるで心配なら入ってもいいぞというように。

シスタは全裸にされシャワーの下に置かれた。温かいお湯は頭一つ長身のベルンホーンの肩に跳ね返っている。

壁に押し付けられ、じろりと覗き込まれるとシスタは息が詰まった。

「あの姿になると流れてくるだけだ。これは血じゃない。人の姿に入りきらない魔力のようなものだ。心配するな」

体を密着させると、シスタにもその黒液がつく。
二人は温かい湯気の中で口づけを交わした。ベルンホーンは洗い流すことよりも、しばらくそれに夢中だった。



「くっ、うっ、……ッ」

いずれシスタの足は蛙のように開き、浴室の壁に背をつけて男に抱えられながらピストンされていた。

「っ、っぐっ、っう」

勢いと不安定な体勢から声が出そうになる。

「ああシスタ、俺は風呂でやるのが好きじゃないのにお前が入ってきてしまったからこうなる。気持ちよくて固定概念が揺らぎそうだ」

長大なものが濡れた内壁を奥に押し上げ、快感にシスタが力を失いそうになる。
ベルンホーンはそんな彼の腰を片手でかかえて下半身をぐっと当て、連続的に突き始めた。

「ん、ん、んん!」
「だから声を我慢するな、全部聞かせろ、シスタ」

正面の唇をこじ開け、吐息を引き出す。

「ぅ、あ、や、やめろ、もう、」
「なにをだ? お前は好きだろう、俺のペニスが。んん? ほら、イッてしまえ」
 
追い立てるのにやたらと甘い口調だ。

「ああ……お前の中はいい……温かくて窮屈で、脳天がとろけていくよ」

激しい律動の最中に囁かれ、シスタは抗えず達してしまう。
悪魔は満足して笑い、自身もたっぷりと奥に出す。

「はあ……このままでいたいが、部屋に戻ろうか。シスタ……」

覆われたまま肩口で息をするシスタは、悪魔のいつもと違う雰囲気が、どこか引っかかっていた。



寝室でもベルンホーンは何度も抱いた。シスタはなすがまま体勢を変えたが、今夜は密着度が異様に高かった。

大事な玩具のように手から決して離そうとしない。

「はあ……はあ……っ」
「疲れたか? もう少し付き合え」

大きな手はシスタの頬を持ち、唇をはみ、リップ音つきの愛撫をやめない。

シーツに寝かせられ、真上に乗る悪魔と視線があった青年はふいに尋ねた。

「ベルンホーン……お前も疲れたんじゃないか?」

シスタは彼の上腕に指先で触れ、じっと眺める。もう液は止まっていて滑らかな肌だ。
すると間近で男らしい喉が楽しそうに動いた。

「魔族は疲れないんだ。どうしたシスタ。今日はやけに俺に優しくしてくれるんだな。期待してしまうだろ」

広いまっすぐの肩幅がまた覆いかぶさってくる。
挿入したままの熱い肉棒が奥に進み、攻められる。

「んっ、やめ、ろ、まて…っ」
「ふふ……もう少しでお前の可愛い声が聞けそうだ」

そう言ったのに、激しく揺さぶることはせず、腰を深く沈めたベルンホーンは、密着しゆっくりと動き味わい始める。

「あぁ……勘違いするな。久々に悪魔を殺ったから、血が騒いでいるだけだ。お前を噛み殺したら大変だろう? だからこのまま俺に抱かれていろ、シスタ」

さすがに怯えたのか、青年が口をつぐんだため再び悪魔の笑いが聞こえた。

ベルンホーンの体内には今三体の悪魔の魂がしまわれている。
それは不思議な高揚をもたらす。

魂を食すという勿体ないことをする悪魔もいるが、今は少しだけその気持ちが理解できた。
自分の好みとはまた別の美味さがあるだろう。

正面で暗い瞳の輝きを見たシスタは静かに喉を鳴らす。

「今日の戦いでは、本気を出したのか?」
「ははっ。本気を出したように見えたなら、お前も魔術師としてはもう少し鍛錬が必要だな」

薄っすらとした笑みでベルンホーンは続ける。

「完全に潰しておきたかったんだ。中級の中には馬鹿に出来ない奴もいるからな。あのゴロツキ共は肩透かしだったが」
「……そうか。よくわかった。……だが、あの魂らはどうするんだ? 同族を殺すのは違反行為だと言っていた。私のせいで、お前の立場は危うくなったか」

問われたベルンホーンは大げさに眉を下げ、シスタの腕をとり手首の内側にキスをした。

「ああシスタ、またそんな心を揺らすことを言うんじゃない。こんなことで俺は捕まったりしないよ。なんだ、俺はそんなに弱そうに見えるのか」

頬を指でいじると青年はためらいがちに見つめ、はっきりと首を振る。
悪魔の中で愛しさがこみあげてきた。

価値のある奴隷だからこうしているだけのはずが、シスタの反応にいちいち気持ちが奪われている。

そしてそんな自分が嫌いでもなかった。

「安心しろ。俺に手がある。明日はまた別の場所にお前を連れていってやるぞ。少し二人のお出かけが続くな」

甘いデートなら良かったのだが、ややきな臭い場所だ。
それでもベルンホーンは腕の中にシスタを抱き寄せ、しばしの間面倒なことを一切忘れることが出来た。



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